第49話 囚われの吸血鬼
――『大悪魔』であるリリスが主の『悪魔城』。そこで各階層を守る『門番』達は、元々用意されたデフォルトのモンスターを、リリスが自分の好みで改造し、現在の個性的なキャラクターを創り上げた。
――というのは、リリスの認識である。
現在こそ、リリス自身も肉体は完全に
しかし、リリスは徐々に思考が人間のものとは別物に変化しつつあることを自覚していながらも、どこか自分が置かれている状況をゲームの――『モンスター・ハウス』の延長線のように考えていた。
それが崩れたのは、リリスが
それをきっかけに、リリスは異変が起きる前の世界に戻ることを目標にしつつも、今を生きている『門番』達を見捨てることができないぐらいに、大切に思っている。
だから、それ以降にリリスが行った行動は全て現実のものとして、自分の罪として受け入れている。
『迷宮荒らし』を殲滅したのも、『ギルド』との交渉の場面において人質を取って言う事を聞かせようとしてきた連中を皆殺しにしたのも。全部だ。
もしも、リリスが異変が起きる前に戻れる選択肢が与えられた時。彼女がどのような選択をするかは、彼女自身でも分からない。
自分と妹の美由紀で、それまでの出来事をただの悪い夢として処理し、元の日常に戻るのか。
美由紀だけを元の世界に送り出して、リリスは『門番』達の為に残り、『悪魔城』で悠久の時を生きるのか。
それは、その時が訪れない限りは分かるはずもない。
だが、元はデータに過ぎなかった『門番』を大切に思うリリスに対して、その『門番』を連れ去るという行為は自殺行為に等しい。
――アメリア・ヴァンピール。リリスに仕える第一の『門番』。今のリリスにとって、実の妹である美由紀に次いで大事な存在だ。
そんな存在が良からぬ目的に利用されようとしている、リリスが抱く怒りは凄まじいものである。
この時点で、『主』と呼ばれる連中の末路は決定した。今までに、リリスと敵対した者達と同様に、無様な骸を晒す結末になるだろう。
■
「はあ……分体が一つ潰れたか。まあ、『アレ』を手に入れる為の必要経費と思えば、我慢できるか」
一人の少女――の姿をした『主』と呼ばれる存在は、現在『悪魔城』より数キロメートル離れた場所に位置する『ダンジョン』にいた。
その『ダンジョン』は、彼女が全盛期の際に『悪魔の巣窟』が出現することを予知し、そこに住まう『悪魔』達の動きを牽制する為に用意したものである。
『主』の力は、その七つの『ダンジョン』や強力な天使達を創り出し、目ぼしい人間達に『加護』と称して自らの力を分け与えていたことにより、とてつもなく弱体化している。
『主』にとって、自分の力がなくなっていくことは不愉快ではあったが、それは彼女が目指す最終目標の為だと思い我慢してきた。
全てが上手くいけば、『主』は全盛期以上の力を手に入れて、文字通りの全知全能の存在に成れるはずだからだ。
それを果たす為に分体を一つ使い潰して確保したのは、金髪でメイド服姿の少女。元々の目的であった『悪魔』よりは多少は劣るが、この吸血鬼も『母体』の予備としては完璧である。
しかし、『主』は妥協しない。この吸血鬼を囮にすれば、あの『悪魔』も捕らえることができる。
そういう想定である。
「――ふふっ。お前の主人が来るまで、しばし待つが良い。『母体』候補同士を掛け合わせれば、より強力な『母体』が手に入る。
私は本懐を果たすことができ、お前の愛しの主人と交わることができて嬉しいだろう?」
「うう……」
不愉快な言葉を吐き出す『主』を前にして、アメリアは文句の一つも言うことができなかった。
最上位の格を持つ吸血鬼であるアメリアであっても抜け出せないように、彼女は厳重に拘束されていた。
(……申し訳ございません。リリス様。貴女様の力になる為に創造されたというのに、逆に足を引っ張ることになるとは。
役立たずの私のことは放ってほしいのですが、リリス様はきっと来てくれるのでしょうね。あの方はお優しいですから。
なら、今の私にできることはただ一つ。できる限りリリス様の足を引っ張らないように、抜き出す準備をしないと……!
こんな三下に屈する訳には、いきません!)
全身を舐めるような『主』の視線に、アメリアは唯一自由な目で睨み返す。
アメリアは自分の不甲斐なさに嘆きこそすれ、自分の主がこのような三下に遅れを取るとは微塵も考えてはいない。
そんなアメリアの反抗的な態度に、『主』は嗜虐的な笑みを浮かべると、自分がいる『ダンジョン』にいる『使者』に命令を下そうとする。
「……まだ、あの『悪魔』が来るのにも時間がかかるだろう。『使者』にでも弄ばれる様子でも見させてもらおう――ん? 思った以上に早いな」
「んん……?」
「お前の大好きなご主人様が来たようだ。私はその迎えに行ってくる。
精々、一人で楽しんで待っているがいい」
再度『主』は気色悪く笑いと、拘束されたアメリアを残して、『使者』を伴い意気揚々と迎撃に向かった。
――自分が辿る末路を知りもせず。
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