第47話 害虫駆除

 沸騰しそうになるの怒りを抑えて込んで、の姿を見据える。



 と思われる存在は一人。扱いに困っていた『聖女』と呼ばれている高位探索者だった。服装はいつか見た、シスター服姿である。



 しかし、その身に纏う雰囲気は全く別物だった。それに加えて、先ほどの台詞。『聖女』の肉体と意識は、この場にいない第三者によって操られているようだ。



 ここで、私は以前から抱いていた一つの疑問が氷解する。他の探索者に比べて、尋常ではない魔力量。リリスの一部の行動をも制限する規格外な魔法。



 それら全てが、『聖女』の内側に高位存在が潜んでいたとすれば納得できる。魔法の使用を妨げる『魔封じの枷』も、その何者かによって無効化されたのだろう。

 ゲームの時は、そんな小細工や力押しでどうにかなるアイテムではなかったのだが、それこそ魔法の在り方が――世界のシステムが違うのだ。

 何があっても、不思議ではない。



「ふふっ。随分と消耗しているようだな、『悪魔』よ。あの『使者』……名前はアザゼルだったか。あれはよくやってくれた。

 いや、この私が手ずから創ったものだ。これぐらいの成果は当然であったな」



 私を一目見た『聖女』――の肉体を操る『誰か』は、的確に現在の私の状態を見抜いた。

 傲慢な物言いが一々気に障るが、その観察眼は正しい。



 今の私はとても万全の状態とは言い難く、魔力量も三割近くを切っている。それでも、目の前の相手を逃がす訳にはいかない。



「ほらほら、どうした? かかって来ないのか?」

「――お前。死にたいのか?」

「いやはや。『悪魔』の殺気は、今の肉体では恐ろしいな。だが、そんな生意気な口をきいていいのか? こちらには人質がいるんだぞ」

「……!」



 私をおちょくるように言い、右肩に抱えていた人質――美由紀の存在を見せびらかす。彼女は意識がないのか、ぐったりとして無抵抗に担がれていた。



 それだけではなく、『聖女』の肉体を操る『誰か』は懐から二枚のカードを取り出す。



「人質はこの女だけじゃないぞ。二人程、『母体』の予備候補として確保している。こいつらもお前の大切な者であろう? 不用意に攻撃を仕掛ければ、手が滑ってカードを破いてしまうかもしれん」

「……!」



 記憶にある肉体の持ち主からは考えられないような、苛立つ表情を浮かべる『誰か』。もう完全に切れてしまった。

 操られている『聖女』の体は傷つけないように配慮はするが、その内側にいる『誰か』の息の根は確実に止める。



 まずは、ソイツを引きずり出すことから始めるとしよう。



 『ギルド』との取り決めで設定された不干渉地帯。そこを徘徊するモンスターの種類は、下級から上級まで様々だ。

 お目当てのモンスターも、その中に含まれている。

 そのお目当てのモンスターは、中級悪魔の『鏡の悪魔』。



 いつぞやの『迷宮荒らし』の一件でも用いた手段。それを利用して、まだ姿も見えない傲慢野郎を『聖女』の体から引きずり出すことを試みる。



 脳内で一番近くにいた『鏡の悪魔』に命令を出し、その特殊能力――限定的な現実改変を発動させる。



「――我ガ望ミヲ映セ」

「――!?」



 異変に気づいた傲慢野郎の顔が一瞬にして、余裕そうな表情を崩す。何か行動を起こそうとするが、もう遅い。

 『鏡の悪魔』の能力は問題なく発動し、傲慢野郎を『聖女』の体から弾き飛ばした。



「一体何が起こって――!」

「やあ、ご機嫌よう。クソ野郎。直接顔を合わせるのは初めてだね」



 『聖女』の体から出てきた霞のような何か。それが傲慢野郎の正体であった。随分とみすぼらしい。

 この程度であれば、適当な魔法一発で処理できるだろう。

 しかし、明らかに『聖女』の体に宿っていた時より弱体化している。

 もしかしたら、これは本体ではなく分体の可能性も考慮していた方が良いだろう。



(……まあ、それは後から考えればいいか。今は一秒でも早く、目の前のこいつを消し去りたい)



 喚き散らすモノに向かって、残りの魔力を全て使った魔法を叩き込む。



「何をしたんだ! 一体!」

「答える訳ないじゃん。目障りだから、もう消えてね。

 ――『ヘルフレイム』」



 相手の言葉にまともに傾けることなく、顕現した業火は邪魔者を全て包み込んだ。







 




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