第46話 破滅主義者(自覚なし)

 『聖女』なんて大層な二つ名を与えられた少女――神崎玲香は、高位探索者の一人であった・・・。そう過去形だ。

 悲しいことに彼女は、特別警戒ダンジョンの一つ、『古城』の人型モンスターに敗北し、囚われの身になってしまっていた。



 よく分からない部屋で、ドレスを着せられ、自害防止の為に四肢は縛られて布で猿轡を噛ます程の徹底ぶり。

 玲香の生死は、完全にモンスター達の意のままであった。



 一応監視つきで食事や入浴も可能ではあるが、それ以外の時は厳重な拘束を施されて、することもなく時間を無為に過ごすしかない。



(『古城』の外は……『ギルド』の皆んなは無事かな……)



 今の玲香にできることは、思考することのみ。常に心配するのは、ここのモンスターが外で暴れていないことや『ギルド』の仲間達に被害が出てないこと。

 被害の規模はどうあれ、それが叶わなかった事実はとうの昔に玲香は突きつけられたのだが。



 玲香が捕まって、数日が経過した頃。アメリアと呼ばれた金髪のメイドが、玲香と同年代ぐらいの少女を連れてきた。

 その少女の意識はなく、メイドによって玲香と同じように厳重に拘束された。



 その少女が連れられてきた時。玲香が抱いた感情は絶望であった。外の状況は把握する術はないが、一つだけ分かったことがある。

 『古城』のモンスターは外で確実に何かを起こし、その結果、一人の少女を連れ去ってきたのだということを。



 それから玲香と少女はお互いに会話の自由もなく、ただ囚われの身でいるしかなかった。

 そんな日々を送る玲香の脳内に、『声』が響いた。



 ――お前に『加護』を与えた恩を。今ここで返してもらうぞ。『聖女』と呼ばれし、小娘よ。

 その嵌められている『枷』が邪魔だと言うのであれば、少しだけ手を貸してやる。



 その言葉が終わると同時に、それまで玲香の魔法の一切の使用を制限していた『枷』が壊れる。



(……これでここから脱出できる! そうだ、私と一緒に捕まっている女の子も助けないと!)



 『声』の主の正体は不明。言っている内容も玲香には分からず、むしろ傲慢な物言いに不信感すら抱く。

 だが、一応は自分を助けてくれた相手。その正体や真意を探るのは、後でも良い。

 今は同じ囚われの身である少女を連れて、一刻も早く脱出しなければ。



 そう結論づけた玲香は、少女の元に駆けつけようとした瞬間。彼女の意識は闇に沈んだ。





「ふう……肉体の主導権は奪えたが、短時間しか保ちそうにないな。私の力も衰えたものだ」



 玲香――の肉体を操る『誰か』。その人物は適当に辺りを見回すと、傍にいた少女を人質として『悪魔の巣窟』を荒らすことに決める。



「どういう経緯で捕まったのかは知らん。だが、私の為に役立ってくれよ。若い乙女はいくら予備があっても、構わないからな」

「ううん……」



 布による猿轡を施され、縄に厳重に縛られた少女は碌な抵抗ができず、迫りくる魔の手から逃れることができなかった。



 その後、玲香の肉体を操る『誰か』は、その能力や人質の優位性を活かして立ち回り、大きな被害を『悪魔城』に齎した。



 アメリアを含めた数人の『門番』の身柄を確保した『誰か』。追撃を何とか打ち払い、『悪魔城』の外に出ることに成功。



 一つ補足するのであれば、玲香の肉体を操っている『誰か』の強さは、決して『門番』に敵う程ではない。

 精々、元『使者』であるアザゼル程度の強さしかない。



 それだけの強さで、『悪魔城』の外の景色を見ることができたのは、やはりリリスの妹として周知されている美由紀の存在があったからだ。



 ――この時点で、一時の欲に駆られた愚者の末路は決定した。単身で逃げ出すのであれば、脱出の成功確率自体は大きく下がってしまう。

 けれど、その後の安全はほぼ保証されていただろう。



 何故なら諸々のリスクを考慮して、リリスは追いかけるような命令を下すことはなかったはずだ。



 しかし、『コレ』はリリスの逆鱗に触れてしまった。『使者』達に『主』を呼ばれる存在も、決して全知全能ではない。

 もしも全知全能であるならば、リリスの妹に手を出すような愚行は絶対に起こさなかっただろう。





「――アザゼル。申し訳ないけど、『悪魔城』には自力で来てくれる? 転移する人数が多い程に、魔力の消耗が激しくなるの。今は魔力を節約したいから」

「……はい。すぐに駆けつけさせて頂きます」

「うん。また後で。――『テレポート』」



 ――『テレポート』で転移した先は、『悪魔城』の入り口付近。切り替わった私の視界の先にいたのは、愚かな破滅主義者の姿だった。



「――そちらから来てくれるとは都合の良い。お前も持ち帰るとしよう」



 ――少女の形をした『何か』が、絵空事を吐き出した。



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