第45話 『聖女』暴走

「――不肖、アザゼル。リリス様に仕えさせてもらいます」

「――うん、よろしくね」



 目の前にいるのは、『禁忌・堕落への誘い』の効果によって、完全にこちら支配下に入った元天使――現悪魔のアザゼル。

 恐らくだが、悪魔としての格は元の強さで考えると、『バフォメット』と同じ上級だろう。

 つまりは私や『門番』には劣るが、ほぼ敵がいない戦力として運用ができるということ。



 戦力強化やコレクター魂に従えば、残りの『ダンジョン』にいるだろうアザゼルの元仲間――『使者』を、手駒にするべきだと思考する。



 しかし、その前に一つ確認しなければならないことがある。



「ねえ、アザゼル。さっそくで悪いんだけど、君が持っている情報を教えてくれる? 例えば、さっきの君が言っていた『主』や『使者』についての詳細に、私達を敵視していた理由とか」

「……申し訳ありません。リリス様。今の私に、それらに関する記憶はないです。お役に立てず、不甲斐なく……」

「いいよ、別に。元々、ダメ元だから」



 心底申し訳なさそうに、顔を伏せるアザゼル。

 だが、彼女の反応はある程度予想はしていた。



 この肉体に変化してから、『禁忌・堕落への誘い』を使うのは初めて。

 文字通り、対象を別のものに作り変える禁忌なのだから、それ以前の記憶やら知識の喪失が起こってしまっても、何らおかしくはない。



 まあ、情報収集の当ては他にもある。

 この『ダンジョン』――『バベルの塔』を隅々まで調べれば良い。敵拠点の一つなのだ。情報の一個か二個ぐらいは見つかるだろう。



 幸い魔力さえあれば、いくらでも人手は用意できる。

 と言っても、今回は魔力を消耗し過ぎて、疲労感が凄まじい。残存魔力は、全体の三割を切っている。



 不測の事態を考慮すれば、『バベルの塔』の調査は残っている悪魔達にやってもらうとしよう。

 追加の悪魔達は、魔力が回復してからになる。



「アザゼル以外の悪魔達で、この『ダンジョン』を調べておいて。じゃあ、私達の拠点『悪魔城』に帰ろうか。

 いや、アザゼルにとっては初めてか。結構広い所だから、案内するよ」

「……はい! 楽しみです!」



 残った悪魔達に指示を出して、アザゼルに声をかけて『テレポート』を発動しようした瞬間。

 脳内に、焦った少女の声が響く。



 念話の魔法であり、その声の持ち主も良く知っている人物である。アメリアだ。彼女がこんな風に動揺しているとは、何か起きたのだろうか。



『――リリス様! 単刀直入に申し上げます! 『悪魔城』第九階層で捕らえていた少女が、妹様を人質に『悪魔城』から脱出しようとして――』



 アメリアの声はそこで途切れてしまった。





 あの『悪魔』の動きを牽制する為に遣わした『使者』の一人が、肝心の『悪魔』の手に堕ちてしまった。



 幸い『悪魔』の支配が完全に及ぶ前に、記憶に関する干渉上手くいった。これでアザゼルから、情報が洩れることはない。

 しかし、――。



 ああ、非常に情けない。力及ばず『悪魔』に殺されるのであれば、良く頑張ったと言葉の一つを送ったのかもしれないのに。



 よりにもよって、『悪魔』の手先になるとは。全く嘆かわしい。他の『使者』達も動こうとしない。



 何故、私の思い通りに動いてくれないのか。



 こうなったら、仕方がない。

 人間達の中には、私の『加護』を授けた人間が何人かいる。

 ちょうどいい。その内の一人が、悪魔共の巣窟に囚われている。

 少々面倒な枷を嵌められているが、私の後押しがあれば、その程度ないにも等しい。



 内側から荒らすのも良し。『悪魔』共に有効な人質を取るのも良し。



 サブプランとして、『悪魔』の配下を数人攫い、『母体』候補として確保しておくのもありだな。



 今は『聖女』と呼ばれている小娘。元は何も力を持たないお前に『加護』をやってやったのだ。その恩を今が返すがいい。

 私は実に寛大なのだから――。 

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