第44話 ハッピー・バースデー

 ――『バフォメット』との連携もあり、天使を無力化することに成功。

 増援で駆けつけてきた配下の天使達は、『地獄の門・開門』で召喚した悪魔の軍勢で、既に排除は完了している。



 瓦礫が散らばり、見通しが良くなった『バベルの塔』の最上階にて。

 ここのトップ――俗に言えば、ボスであろう天使はボロボロな状態で、背後から『バフォメット』に拘束されていた。

 負けて囚われの身になっているのに、天使の表情には陰りは見られない。むしろ、かえって彼女の凛々しさが際立っているようにも感じられる。



 天使は自分の配下が全て始末されたことを察して、私に向かって声をかけてきた。



「……配下の天使達も全滅しました。私の敗北ですね。貴女達を救って上げることができなくて残念ですが、『主』から託された使命は、他の『使者』が遂行してくれるでしょう。

 さっさと、私を殺しなさい」

「思ったよりも潔い良いね。悪魔の手にかかるぐらいだったら、自殺紛いの特攻でもしてくると思ったけど?

 それほどに、お仲間さんを信頼しているのかな?」

「……答えるつもりはないです。一応言っておきますが、私を拷問した所で、口は絶対に割りませんから」



 天使は断言する。それが事実かどうかチェックする為に、『バフォメット』に指示を出して、天使を締め上げている腕に力を入れさせる。



「ぐっ……!?」

「ほらほら、早く答えないと。体が潰れちゃうよ」

「……舐めないでくださいっ! 死んでも情報は、貴女方には渡しません!」



 相当の負荷がかかっているだろうに、天使が屈する様子は見られない。このまま痛めつけても、時間の無駄になるだろう。

 個人的には、終わりの見えない尋問も構わないが――。



(――いや、思考が逸れた。私にそんな趣味はなかったはず。やっぱりの精神の汚染が激しい……。

 情報を抜き出す云々にしても、まずはここを出ないと)



 自分の精神が徐々に別物に切り替わっていく事実に焦りを覚えつつも、先ほどの天使の発言を思い返す。



(……仲間がいるらしいけど、『悪魔城』の近くにある複数の『ダンジョン』がそれかな? アメリア達からは特に報告がないから、動きはなさそうだけど……)



 未だに沈黙を保っている、『悪魔城』の動きを牽制するかのように位置する七つの『ダンジョン』。



 その内の一つの攻略には成功したが、今回の『バベルの塔』と同等の戦力が全て集結して『悪魔城』に攻め込まれると流石に苦戦は免れないだろう。



 しかし『悪魔城』が出現してから、それなりの日数が経過しているだけではなく、戦闘行為は何度も行っている。

 それに現在進行形で仲間の命が危機に晒されているというのに、他の『ダンジョン』には動きはない。

 ので、安心しても良さそうだが、何事も早く動くべきだろう。



 『悪魔城』に帰還する前に、試したかったことを行う。その内容とは――。



「ねえ、天使さん。今までの言動で信じられないと思うけど、私には貴女を殺すつもりはないよ」

「……それは私が持つ情報を目当てにしているのでしょう。何度も言っていますが、話すことは絶対に――」

「――もちろん、情報は欲しいよ? でも私だって時間を無駄にしたくないから、情報は諦める」

「なら、人質として使うつもりですか? それこそ無駄ですよ。私達、『使者』は互いに同胞という意識はありますが、情というものは存在しません」



 自分には人質としての価値はない。そう語る天使だが、私に彼女をそんな風に利用するつもりはなく、試したいのは『地獄の門・開門』、『禁忌・邪竜降臨』に続く第三の切り札。



 と言っても、戦闘面では使えない上に、無力化した敵対NPCにしか効果を発揮しない、条件だけ見れば半ば産廃に近いのだが。

 この魔法はそれを考慮しても、ゲームの時は重宝していた。



「天使さん。貴女には私の手足となって、今後も働いてもらうから。もちろん、拒否権はないよ」

「……何を言っているのですか。私は『悪魔』である貴女に――」

「――はーい。お喋りはここまで。自我が残っていたら、その時には情報は話してもらうよ。

 ――『禁忌・堕落への誘い』」

「な、何をしたのですか? あ、頭が割れる……ああああああっ!?」



 天使の悲鳴が辺りに響く。『バフォメット』に拘束されていながら、痛みから逃れようとバタバタと体を動かそうとする。

 その様子を見て、リリスは自分でも気づかない程度に嗤う。



 ――『禁忌・堕落への誘い』。リリスの三つ目の切り札であるそれの効果は単純。敵対NPCの種族を悪魔に強制変更。術者への忠誠心を強制的に植えつけるというもの。



 ゲームの時では条件が若干厳しい上に、対象が単体で魔力消費は多い。

 だが、そんな欠点が気にならない程に、この魔法は敵側で強力な存在を自分の駒にできる。



 ゲームのあれこれや、『ダンジョン』やら探索者がいて、一部とはいえ魔法が使われる世界。

 そんな世界で、この魔法は今まで私が使用してきたものの中で、一番対象の尊厳を破壊するであろうことは理解していた。

 だから、捕らえた人間の少女達には使うことはしなかった。



 でも、敵対してきた強力な天使が相手であるなら、リリスは遠慮なく、この魔法を使える。



 やがて、天使――天使の悲鳴は収まる。太陽の如き輝きを放っていた金髪はどこかくすんでいて、純白の翼は堕天使のように闇に染まっていた。



「――おはよう。気分はどう?」

「――生まれ変わったように、最高の気分です。リリス様・・・・

 不肖、アザゼル。リリス様に永遠の忠誠を」



 ――ハッピー・バースデー。天使、いやアザゼル。今後とも、よろしくね。

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