第38話 『迷宮荒らし』壊滅

 ぶつぶつと独り言を呟く不審者を影ながら監視をする一匹の鴉が。その正体は一体誰だろうか。

 そう、リリスだ。



 現在私は『ギルド』から齎された情報に基づいて、とある作戦を決行中である。

 その作戦とは、『迷宮荒らし』潰しだ。



(……しかし、未発見の『ダンジョン』をアジトとして利用していたのか。それも複数。そりゃあ、見つからない訳だ)



 『ギルド』の情報によれば、『迷宮荒らし』達はその活動拠点を『ギルド』や政府でも未発見の『ダンジョン』に置いていた。

 日陰でしか活動できない連中には、お似合いである。



(……あれが『迷宮荒らし』のトップかな? あまり強そうには見えないし、後数時間もいらないな。

 各拠点潰しも順調で、『ギルド』による情報規制もバッチリと)



 当初に決めた通りに、実際に各拠点を潰して回っているのは、『悪魔城』の勢力である。

 『門番』もセフィロトやアメリアを始めとして、他に三名動員していて、彼らそれぞれの配下モンスターを無数に従え、襲撃を行っている最中だ。



 意識を『門番』達と同調させると、セフィロトが中級堕天使を率いて、アメリアが秘蔵の吸血鬼部隊を率いて、他の『門番』達が軍勢を率いて、『迷宮荒らし』の拠点を蹂躙していく様子を見ることができた。



 この場ではない戦場での悲鳴や怒号が、私の鼓膜ではなく脳に直接響く。

 甘露の如きそれらに、私は人間とは異なる鴉の表情筋を動かし、自然と笑みを浮かべる。



 そして『ギルド』には私達の存在が露見しないように、、という情報を流してもらっている。



 この情報規制は上手く作用しているようで、先ほどから監視している『迷宮荒らし』の名目上の首領に入った情報も、というものに変化していた。



 しかし、あの『剣鬼』は今まで全貌が不明であったはずの『迷宮荒らし』のアジトの場所を、どうしてほぼ完璧に把握していたのだろうか。



 事前にこれだけの精度でアジトの位置を押さえているのであれば、私達の手を借りるまでもなく、とっくの昔に『迷宮荒らし』は滅ぼせただろうに。

 戦力的に見ても、私達と比べたら恐竜と蟻ぐらいの差があるが、『ギルド』単体で十分に戦力を用意できるはずだ。



 やはり自らの戦力をなるべく減らしたくなかったのか、それとも『悪魔城』私達の戦力を少しでも情報として得たかったのか。

 私を組織の膿の排除に利用した『剣鬼』のことだ。後者の方が可能性があるだろう。



(今までの戦闘でも力の差は見せてきたはず……それに今日だって連れてきた『門番』達の戦闘も当然見ている。

 その上でまだ勝つ算段でもあるのか?)



 ここだけが腑に落ちない。『剣鬼』という男と対峙した時間は僅かだが、決して愚かな人物ではなかった。

 何かしらの奥の手はあると考えていた方が良いだろう。

 少なくとも、諜報面では侮れない力を持っていることは間違いない。



(まあ、そんなものがあったとしても、負けるつもりないけど。

 それよりも、部下に任しているだけだと示しがつかないし、私も行動を開始するとしますか)



 現状の私は単身で、『迷宮荒らし』のアジトの一つに鴉の姿に変化して潜り込んでいる。その一番奥でいかにも怪しい言動をしていた男を監視していたのだ。



 男が逃走する準備を仕掛けている為、みすみす取り逃がすような真似はしない。

 わざと大きく翼をはためかせて、音を立てる。



「な、何だ!?」



 当然それなりに修羅場を潜ってきたであろう男は、音に対して反応する。適当に積み上がっていた木箱の上に降り立つ。



「何だ……鴉か。いや、待てよ……こんな所にモンスターでもない、ただの鴉がいる訳がない……! まさか……!」



 私の姿を見た男は一瞬だけ安堵の表情を見せるも、流石に違和感を抱いたようで、男の思考は私の正体に辿り着きそうであった。



 驚かすのも一興だ。自分から名乗りを上げるとしよう。



「――どうも、こんばんは。『迷宮荒らし』の首領さん」

「――!?」



 いきなり喋り出す鴉に、自然と警戒の視線を送る男。それで正体に行き着いたのか、狼狽えた口調で言葉を吐き出した。



「お前……あの『古城』の『鴉』か!」

「正解。ただ鴉なんて無粋なあだ名で呼ばずに、リリスって呼んでくれない?」

「誰がお前の名前なんて呼ぶかよ!? それよりも、何でお前みたいな奴がこんな所に!?」

「そう……残念。特に聞きたいことはないし、無駄な質問にも答えるつもりもないから。

 そろそろ殺させてもらうよ? ――『眷属招来・地獄の切り裂き魔ジャック・ザ・リッパー』」



 懐から短剣を取り出して抵抗の意思を示した男を尻目に、私は魔法を発動させた。



 召喚されたのは、一体の中級悪魔。細長い体躯に、ボロボロの外套を羽織った姿。異様に伸びた両手の爪が、この異形の武器である。



「クソがっ……! こんな所で俺は死ぬ人間じゃあないんだよ!」

「じゃあ、その男の始末はよろしくね。地獄の切り裂き魔ジャック・ザ・リッパー

 部下の尻拭いはしっかりとしてもらわないと」

「■■■■」



 私の指示に同意の言葉を示す地獄の切り裂き魔ジャック・ザ・リッパーにエールを送った後。

 私は飛翔し、残りのに向かった。



 それからしばらくは硬い物同士がぶつかる音が響いていたが、それも僅か。

 すぐに肉が切り裂かれる音と絶叫のコーラスが、私の耳に届いた。





「――『地獄の門・開門』」



 間引きにはうってつけの魔法を発動させる。

 お馴染みの演出の後、『門』から無数の悪魔達が現る。

 今回呼び出した悪魔達は中級までだ。

 その数は、今までの中でも多い五百体。



 一人も残す気はない為、大盤振る舞いである。と言っても、魔力の消耗も全体の一割にも満たない程度。



 ゲームの時とは違って、経験値やドロップアイテムが手に入らないのは残念だが、最近日に日に強くなっていくリリスとしての加虐衝動を満たすには、ちょうどいい。



「精々、リリスの糧になってくれる? 『迷宮荒らし』の皆々様」



 人型に戻っていた私は、指揮者のように大袈裟な動作で、悪魔達に鏖殺の命令を下した。





 作戦開始から、数時間が経過。

 今まで散々響いていた破壊音や悲鳴が聞こえなくなり、未確認のモンスター達の姿が見えなくなった後。



 周辺で規制をしていた『ギルド』の探索者達が確認しに行くと、そこには数え切れない程の人間の屍が積み重なっていた。





 ――『迷宮荒らし』。生存者ゼロ名。

 事実上の壊滅を確認。



 ――同時期に、各地で何人かの『ギルド』の支部長が不審死。



 ――数日後『剣鬼』剣崎武蔵が、『ギルド』のトップである『ギルドマスター』の地位に就任。

 特別警戒『ダンジョン』、仮称『古城』改め、『悪魔城』の半径数キロメートルを、無期限の不干渉地帯に設定すると公式に発表した。



 ――その発表から数日後。『悪魔城』が出現した初日に確認されて、街中にて討伐されたモンスターの死体を保存、研究をしていた施設が何者かに襲撃を受けた。

 『ギルド』と政府は、襲撃犯について大幅な人員を動員して調査中のこと――。


 




 

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