第37話 崩壊の足音
「――今回は目を瞑るけど、次に私や配下を危険に晒して利用するような真似をしたら、問答無用で潰すから」
「……了解した」
最後にそう忠告を残して、黒色のドレスを纏った幼い少女の外見をした怪物――リリスは、アメリアと呼ばれた従者の手を取り、彼女達の姿はすぐに掻き消えた。
まるで始めから、何も存在しなかったかのように。
しかし、室内に放置された原型を留めていない無数の骸。元々の壁の色を塗り替えた文字通り、鮮血の如き真紅。
『剣鬼』の二つ名を持つ武蔵であっても、このような修羅場に出くわしたことはほぼない。
『ダンジョン』で何人もの同胞の死体による屍山血河のど真ん中で、仇であるモンスターと死闘を繰り広げた時とは比にならない。
人間の少女と何ら変わらない見た目を持つ存在が、自らに向けられた悪意を全く意に介することなく、一切の躊躇なく命を奪った。
その所業は、武蔵が相対したどの人間やモンスターよりも恐ろしく感じられた。
「……剣崎さん。終わりましたか」
「……!? ああ、剛か。何とかな」
「しかし流石ですね。あの『鴉』相手に一歩も退くことなく交渉して、あまつさえ不穏分子を処理させるとは」
「……だが、次はないな。『鴉』――リリスに相応以上の思慮があったから、助かったが……。
何れは討たねばならない敵だ。今は少しでも牙を研ぐことに専念するとしよう。
幸いなことに、『ギルド』で私の方針に反対する連中の半分は処理できた。
それに『迷宮荒らし』も、明後日には壊滅する。紫君にも伝えておいてくれ。その件についての相談をしたい。
……その前に、ここを片づけねばな。人を寄こしてくれ」
「分かりました」
武蔵は剛にそう指示を出すと、大きくため息を吐いた。
これからの忙しさ、そしてあの怪物《リリス》への対応について、思いを馳せ頭を悩ませた。
■
「クソっ……! あの男め……。余計な置き土産を残してくれよって……!」
ここは一般人はおろか、探索者であっても決して立ち寄ることはないだろう、深淵にその男はいた。
男は『迷宮荒らし』の首領――と言っても、『迷宮荒らし』という組織自体が決まったルールやリーダーを持つ訳でもなく、何かを強制することはほぼない。
日陰でしか生きられぬ者達が自然と集まり、形成された集団である。個人が好きに荒らし、好きに奪う。それだけで完結していた。
構成員には帰属意識もなく、名目上の首領の立ち位置に収まっている男も、似たような考えを持つ。
構成員を部下として思っておらず、ごくたまに会う利益で繋がった仕事仲間という認識である。
常に群れることはない。だがその影でしか活動しない方針のお陰で、今まで『ギルド』や政府によって殲滅されずに済んできた。
しかし先日。『蛇』の名を持っていた一人の男が、特別警戒『ダンジョン』の一つに仲間を連れて手を出してしまった。
その際に、構成員を『ギルド』に潜り込ませたのが原因で、『ギルド』は本気で『迷宮荒らし』を潰しにかかっているのか。
各地のアジトが『ギルド』によって潰されている。
これが男の悩ませている頭痛の原因であり、つい先ほどもアジトの一つが壊滅したという報せが届いたばかりだ。
全ては一人の男が招いた愚行により、それまで影に潜んでいた『迷宮荒らし』は滅亡の一途を辿っていた。
「……この場所もバレている可能性がある。最悪、海外にでも飛ぶか」
男はぽつりと呟く。
今までの活動で、金はたっぷりとある。それこそ、一生遊んで暮らせるだけの金だ。
スリルとは無縁な生活になってしまうが、退屈になれば熱りが冷めてから戻ってきて、活動を再開すれば良い。
一から――いや、マイナスから成り上がるのは慣れている。
「……他の連中から俺の情報が漏れる心配はない。この時ばっかりは、この不便な組織体制に感謝だな。
ほとんどの奴が、誰が首領であるか気にしたことなんてない。
お陰で誰が捕まった所で、痛くも痒くもない……!」
そうと決まれば、早速逃走の準備だ。
そんな男の動向を監視する一匹の『鴉』の視線に、男は気づくことはなかった。
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