第36話 腹の探り合い

 せっかく話し合いに来たというのに、相手側にはその意思はなかったようだ。

 しかし、どの程度まで処理して良いのか分からない。それで狸男の話に耳を傾けていると、「今の状況になるように企んでいたのは、この場にいる者達だけです!」(意訳)という証言を頂いた。



 お陰で遠慮なくアメリアに、皆殺しの指示を出せた。



 アメリアは背後から首に剣を添えられた状態で、魔法を発動した。

 吸血鬼であるアメリアのみが行使可能な魔法『血染めの雨』。

 その効果は、術者の半径数メートルにいる生物を対象に、防御不可能な一撃をお見舞いするというもの。

 効果は強力ではあるが、同格より少し劣る程度以上の力を持つ相手は通用しない、格下殺しに特化した魔法である。



 ゲームの時の効果はそれで終わるのだが、虚構が現実となった今。その演出は『大悪魔』として精神が徐々に変容しつつある私にとっても、中々に凄惨な――端的に言えばグロかった。



 『血染めの雨』は対象の血液に干渉し、肉体の内側から爆弾のように弾けさせるという、十八禁指定待った無しの無慈悲な攻撃魔法だった。



 私とアメリアには一滴もかかっていない事実に、「コントロールが凄いなー」と内心現実逃避。

 今部屋で人の形を保っているのは、私達だけだ。鼻腔に侵入してくる血の臭いについては、大して気にならない。

 慣れって、怖いよね。



「――リリス様。害虫駆除の方が終了しました」

「うん。ご苦労様」

「それで、これからどう致しましょうか? 相手が先に仕掛けてきたとはいえ、こちらもそれ以上にやり返してしまいました。

 これでは、『迷宮荒らし』についての話し合いはなかったということで、『悪魔城』に帰還されますか?」



 大量虐殺を行ったばかりとは思えない自然体で、首を傾けるアメリア。

 それについてもさほど動揺することなく、私は視線を部屋の入り口に向ける。



「私の部下はこう言ってますけど、そちらはどうするつもりです?」

「――こちらとしても、君達と争う意志はない」



 少し挑発するように声をかけると、短く返事があった。扉を開けて姿を見せたのは、一人の男だった。

 先ほどの男みたいに体型も腹の中まで狸のような感じではなく、目の前の男は研がれた刀に似た静謐さが感じられた。



「人質を取った上で、あんな首輪を嵌めるように命令をしてきて、争うつもりはない? それ、本気で言ってますか?」

「これに関しては、一部の過激派が暴走した結果だ。

 『ギルド』の代表として、謝罪させてほしい」



 見事な角度で頭を下げる男に、先ほどまで『ギルド』に抱いていた印象を少し改める。

 考えなしに目先の利益に、目が眩む馬鹿だけではないようだ。



 しかし、さっきの狸男は本当に救いようのない人間だった。わざわざ私が連れてきてきたアメリアが、護衛の可能性を考慮することもなく人質に取ろうとするとは。

 その時点で、あの狸男の命運は尽きていた。



 あの首輪を嵌めた上で、「この程度のガラクタが効くと思っているの?」と言ってやっても良かったが、初見のアイテムを対策なしで試すような愚行は犯したくなかった。



 その為、実力行使になってしまったが、それこそ今更だ。過激派と言うぐらいだし、処分しても問題ない連中なのだろう。多分。



「謝罪は受け取るけど、これを私の討伐理由にしないですよね」

「もちろんだ。『古城』――『悪魔城』の主、リリス殿。我が二つ名である『剣鬼』に誓って。

 他にも似たような馬鹿な連中は出てくるかもしれないが、私が責任持ってそうなる前に対処をしよう。

 ――そして、こちらに貴女の目的である『迷宮荒らし』の大まかなアジトの場所が記された地図がここに。

 他に何か要望があれば、何なりと。当初の取り決め通りに、叶えられる範囲のことは叶えるつもりだ」



 予め決められた台詞を喋るように、淀みなく話す男――『剣鬼』。この予定調和の如き流れに、違和感を抱く。



(……もしかして、邪魔な連中を掃除するのに利用された?)



 強かな男だ。さっきの奴らとは違い、私だけではなくアメリアの脅威も理解している。

 その上で協力しつつも、組織の膿の摘出をさせるとは。

 さっきまでの印象を反転させる。



(……私が逆上する可能性は考えて……いや、そうならないと確信してたのか。私の性格を予想して。

 必要以上に、敵対していない人間を殺してないことは把握されてる……。

 これ以上余計なことを喋って、情報を渡すのは良くないな。こういう手合いは隙を見せたら、寝首をかかれる)



 後顧の憂いを断つのであれば、この『剣鬼』も含めて『ギルド』自体を潰すべきかもしれないが、明確な敵対行動を取ってきたのは、先ほどの狸男とその関係者のみ。

 無駄な殺しはなるべく避けたい、という私の行動方針に反してしまう。

 残念だが、今回は見なかったことで行くとしよう。



「……情報はありがたく受け取っておきます。

 掃除自体はこちらの方でやっておきますので、『ギルド』の方にはその間の人払いを。決行は二日後。

 作戦が終わり次第、人質は返還します。そちらも、今後は『悪魔城』に絶対に干渉しないように。

 ――今回は目を瞑るけど、次に私や配下を危険に晒して利用するような真似をしたら、問答無用で潰すから」

「……了解した」

「それでは。……アメリア。帰るよ」

「はい」



 手短に礼を告げて、簡単な確認を終えた後。私達は即効に『テレポート』で『悪魔城』に帰還した。



 ――不安要素はなくはないが、釘は指しておいたし、当面は大丈夫だろう。

 それよりも二日後は楽しい、楽しい『迷宮荒らし』の殲滅作戦だ。『門番』も数人動員して、徹底的に潰すとしよう。

 腹いせも兼ねてね。




 ――これにて、『迷宮荒らし』の末路は決まった。『大悪魔』の逆鱗に触れた彼らの死は、決して静かなものになることはないだろう。

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