第35話 狸の解体ショー

 ――ここまでは順調だ。



 狸にも例えられることもある男は、張り付けた笑みの裏で酷く緊張していた。



 男は『ギルド』の重鎮の一人であり、今回の『古城』の主の人型モンスターとの会談の責任者である。

 未だに現役の『剣鬼』の二つ名を持つ高位探索者と支部長を兼任する剣崎武蔵から、「『狂剣』が独断専行し、その結果『鴉』と話し合うことになった」と聞かされた時は、何を勝手なことをしてくれたと、怒りのあまり喚き散らしたくなった。

 一人の身勝手な行動で、自分が築き上げてきた富や名声が、後もう少しの所で灰燼に帰す瀬戸際だったのだ。それぐらいした所で、罰は当たらないだろう。



 男の役職を考えると、本来であれば怒りを抱いたとしても、「一般市民が危険に晒されるから〜」という理由であるべきだろうが、この男を含めて『ギルド』の上層部のほとんどが同じような考えの持ち主なのだ。救いようのない話である。

 もちろん、まともな者もいる。『剣鬼』剣崎武蔵はその筆頭であるのだが、その真っ当さが仇となり敵は少なくない。



 今回の会談の場にも、男は根回しをすることで『剣鬼』とその一派を排除することに成功。場所や参加する者も含めて、男の関係者ばかりだ。

 一晩で準備を整えるのには苦労したが、それに見合っただけの報酬があると確信していた。



 その報酬とは、『古城』からノコノコとやって来るという人型モンスターの『鴉』そのもの。

 しかしいくら罠を張り巡らせた所で、『鴉』には勝てないことは流石に男でも理解している。

 上がってきた報告には『鴉』の強さは想像の埒外であると示すだけではなく、遠隔で撮られた映像越しでもその無法ぶりが存分に見せつけられた。



 『聖女』神崎玲香を始めとした数名の高位探索者を中心に、中堅以上の探索者達も挑んだのだが――。



 ――その結果は、散々なものであった。



 『鴉』自身は攻撃をしている様子はほとんど確認できなかったが、モンスターでありながらモンスターを呼び出す魔法。

 それによって召喚されるモンスターの何れもが、歴戦の探索者達を一蹴する強さを持っており、その数も底が知れない程に。



 まずないだろうが、『鴉』の直接戦闘能力が低くとも、討伐は不可能に近い。



 しかし、その『鴉』が「争う意志がない」と表明した上で、こちらの方にやって来てくれるとは。

 しかも目障りな『迷宮荒らし』を潰したいらしい。非常に願ったり叶ったりな提案である。

 人質の返還など、どうでもよく存分に利用してやりたい。



 だが『鴉』には敵わないことは分かっているので、精々「邪魔者同士で潰し合ってくれ」というスタンスであったが、つけ入る隙を見せてくれた。

 この点に関しては完全に運任せであったせいで、男は内心喜んでいた。



 『鴉』は一人の少女を連れていた。一度だけ目撃された金髪でメイド服姿の少女。わざわざ外に連れ出すぐらいである為、『鴉』にとって大事な者だろう。



 それに加えて、今まで確認されているだけでも『鴉』は三人もの少女を『古城』に連れ帰っている。彼女達の生死は不明だが、『鴉』がそういった趣向を持ち合わせているのも予想がつく。

 今回連れてきたメイド服姿の少女も、そういう対象だろう。この少女を人質に取ることができれば、『鴉』の手綱を握ることができる。



 そう考えていた。「敵対しない、『鴉』の要求はなるべく飲む」と腑抜けたことを言っていた『剣鬼』とそのシンパは、事前に会談からは排除済み。

 邪魔者はおらず、一瞬の隙をついて男の部下がメイド服姿の少女に背後に回り込み、その白く細い首に剣をあてがう。



(……ここまでは上手くいった。後はあれさえ付けさせれば……)



 男は自ら罠にかかりにきた獲物に、改めて視線をやる。黒色のドレスに身を包んだ幼い容貌の少女。彼女は『古城』――『悪魔城』の主であるリリスと名乗った。



(やはり、本来の姿がこちらで『鴉』の方は仮初か。だが、あのメイドも含めて良い見目をしている。兵器以外にも、有用な用途はありそうだな)



 男はまだ訪れていない未来を思い描き、気色悪い笑みをより深める。



「……さて、リリス殿。話し合いに入る前に良ければ、これ・・を付けてもらえませんかな? 先ほども申した通り、余計な抵抗はしない方が良いですぞ。

 ここにいる者達では貴女に敵わくても、お連れのメイドの首を刎ねることはできます。

 月並みの言葉ですが、彼女の命が欲しければ私達の指示に従ってください」



 男がリリスに見せつけるのは、一つの首輪。その名も『従属の首輪』。

 効果は、名称の示す通りに装着者を意思を縛り、一切の行動を自由に操ることができるというもの。



 もちろん、こんな人権に喧嘩を売っているようなアイテムは法によって規制されている。しかしこの男や『迷宮荒らし』を始め、腹に一物を抱えている人間、日陰でしか生きられない人間には、そんなものは何の制限にもならない。



 少なくない数の『従属の首輪』が裏ルートで流通している。



 これをリリスに装備することができれば、男の意のままに戦力として、それ以外にも存分に利用できる。

 未踏破の『ダンジョン』の『悪魔城』に眠る全てを、自分の物にできる。



「さあ、嵌めてください。この『従属の首輪』を」



 男の催促に、リリスは小さく口を開く。



「……最後に一つだけ聞きたいんだけど、私を嵌めようとしたのは『ギルド』の……人間の総意とみて良いかな?」

「いや、違いますとも。あくまでも、この私が計画して、この場にいるのはそれに賛同した者だけです。

 これで満足ですかな? 早くしないと、後ろにいる部下の手が滑ってしまいますぞ」



 顔を伏せるリリス。そして少女の形をした怪物は、時間をかけて顔を上げる。



「……なら、この場にいる人間は皆殺しで大丈夫そうだね。

 ――アメリア。攻撃を許可する」

「――かしこまりました。不肖、アメリア。これより、害虫駆除を始めます」



 敬愛すべき主に名を呼ばれた従者は、短く了解の意を示すと魔法を行使しようとした。



「――おい! 今すぐに、そのメイドを殺せ!?」



 それに危機感を抱いた男が部下に指示を出そうとしたが、それは遅く。



 ――リリスとアメリアを除いた生者全てが、鮮血に染まった。



「――人間って、こんなに馬鹿な生き物だっけ?」



 ――真っ赤で鉄臭い臭いが蔓延する空間で、『大悪魔』は呆れた風に言葉を溢した。

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