第33話 不安

 ――私が提示した二つの条件。その内容に顔が渋い表情になりながらも、既に女性の方からは言質を取ってある。

 それでも渋るような反応を見せるのであれば、先ほど捕まえた少女に危害がいくような言動をすれば良い。

 それだけで普通の人間なら、こちらを裏切る真似はしないだろう。



(もしも裏切ったのなら、その時はどうしよっかな?)



 むしろ心のどこかではそうなることを望みつつ、迅速に離脱する二人の探索者達を見送った。



(これが漫画とかだったら、人間側は表向きは従っていても、裏では化け物の寝首をかく為に牙を研いだりしている展開だよね。

 まあ、今は気にしても関係ないか)



 下らないことを考えながら、捕らえた少女の処遇について考えを巡らせる。



(さっき捕まえた子は……やっぱりアリスに任せるか)



 第九階層が騒がしくなり、アリスに負担をかけてしまうが人質を置いておけそうな場所がそこしかない為、仕方がない。

 他の階層は人体には有害なギミックもあるからだ。



(確か明日に諸々の細かいことについての相談だったな。場所はあっちの指定だけど、念の為にアメリアでも連れて行くか)



 先ほど相手と取り決めた予定を思い出しながら、私は『テレポート』で『悪魔城』に帰還した。





 ――『ギルド』の支部の一つ。独断専行をした理沙を連れ戻すべく、派遣された剛と紫は一人の人物に報告を行っていた。

 その人物は、白髪が混じり始めた厳つい顔が特徴的な男性であった。彼は『ギルド』所属の高位探索者の一人であり、支部長の一人でもある。名前は剣崎武蔵。二つ名は、『剣鬼』。

 国内の探索者としては一番の古参で、唯一の現役で活動している者だ。

 と言っても、支部長に就任してから武蔵が派遣された任務は数える程しかなく、その何れもが国家滅亡に発展しかねない規模のものだった。



「よく無事に戻ってきてくれたな。二人とも」

「……いえ、結局は理沙を連れ戻すことはできなかったわ」

「……それに関しては仕方がない。まだ聞いてはいないが、どうせ君達が到着した時には既に『古城』のモンスターに敗北した後だったのだろう。

 こうして君達が戻ってきた所を見れば、理沙君は殺されてはいないようだ」



 武蔵は理沙を連れ戻すことができなかったことを残念そうに言うも、派遣した二人の無事を喜ぶ。



「……その通りです。剣崎さん。私達が不甲斐ないばかりに、玲香に続き理沙までモンスター共の手に堕ちることなってしまって」

「終わったこと気にする必要はない。剛。あの『古城』に突撃をして、未だにモンスターの群れが溢れ出てきていないのは、君達のお陰だ。

 それに少なくとも、理沙君は死んでいない。こちらの対応次第では、助けられる可能性がある。違わないかな?」

「……はい」



 武蔵は古参の探索者としての貫禄で、剛を慰め希望を示す。



 理沙は囚われの身になってしまったが、当初想定していた最悪の事態は避けることができた。

 それだけではなく、相手が会話すら叶わない化け物ではないことが判明した。

 十分な収穫と言えるだろう。だがそう言われたとしても、剛は納得できなかった。

 子供が犠牲となり、大人の自分が無事でいる現状が。

 それでも今後の行動次第では、理沙を助けることができる。その事実を希望に、剛は気を取り直した。



「……では、詳しい報告を聞こうか。紫君。頼む」

「はい。私達が到着した時には――」



 ――主に紫により、詳細な報告が為された。遭遇したのは、人型モンスターの『鴉』。彼女?   と会話――相手側の脅迫に近かったが、理沙の返還を取り付けることに成功した。

 その条件と言うのが――。



「――『古城』に不干渉を貫く。それに加えて、『迷宮荒らし』の壊滅に手を貸せ、か。

 ……玲香の次に連れ去られた少女の身元は判明しているが、彼女の経歴には何も不審なものはない。あの『鴉』と関係を匂わせるものも一切なかった。

 何がどうなっているのか……私以外の『ギルド』の上層部の動きも、きな臭くなってきた。この情報を共有すれば、『古城』と『迷宮荒らし』が潰し合いになると喜ぶだろうな。

 幸い相手がまだ理性のある相手だが、その力は一端でも嫌という程見ただろうに。

 ……それを利用しようなどと考える程に、馬鹿ではないと信じたいな」



 そこで言葉を一度切った武蔵は、二人と一緒に明日の予定の調整を行った。話題の渦中にいる『鴉』との会談に向けて。



 ――武蔵の心配が的中し、『大悪魔』の機嫌を損ねるかどうかは、今は誰も知らない。

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