第32話 悪魔との取引
――『ギルド』所属の高位探索者の一人、『狂剣』の浅田理沙が単独で『古城』の方に向かった。
その報せを聞いた『ギルド』は、行なわれていた会議を中断。すぐさまに理沙を止めるべく、行動に移した。
理沙は高校生でありながら、『狂剣』の二つ名を与えられる程に探索者の中では上澄みである。
そんな彼女を止める為には、同じ高位探索者の肩書きを持つ者が複数人必要になる。
その判断の下に、理沙と個人的な交友がある二人の人物が派遣された。
本当であれば、さらに数人の高位探索者や、それなりの数の中堅探索者を招集し、チームを組む必要がある。
しかし理沙の移動速度を考慮すれば、ちんたらと人数が集まるのを待っている訳にもいかない。
『古城』は現在確認されている『ダンジョン』の中で、最も危険な『ダンジョン』である。
特に『古城』を脅威足らしめているのは、現状『鴉』とされているモンスターだ。
名称通りの鴉の姿だけではなく、人間の少女に酷似した姿を持ち、人語も解するという今までに前列のない類のモンスターであった。
純粋な肉体性能や魔力量も底が見えず、唯一判明しているモンスターを召喚する魔法。
呼び出されたモンスターの一体一体が、複数人の探索者を相手取れる程の強さだった。
他にも『鴉』にも『古城』にも、不明な点は多くある。下手に刺激すべきではないという意見で、『ギルド』は纏まりつつあった時に、理沙の独断専行が起きた。
正義感が強い理沙が『鴉』と接触した場合、今は沈黙を貫いている『古城』からモンスターの群れが世に出てしまう可能性がある。
そんな最悪の事態を避ける為に、二人の高位探索者――屈強な男性の武田剛と魔術師のようなローブに身を包んだ女性――高橋紫は、屋根伝いで移動していた。
人混みなどを無視して、最短距離で進む為だ。
事態は一刻も争う程に切迫している。移動中の二人の間には会話はなく、考えるのは理沙が独断専行してしまった理由。
『古城』を覆う結界が消失したことで、友人の玲香が死んだ可能性を突きつけられて、止めに次の犠牲者。
元々正義感が強かった理沙は我慢ができず、その少女を助けたいという一心で駆け出してしまったのだろう、と推測していた。
「……間に合うと良いわね」
「間に合うとか間に合わないとか、そういう問題じゃない。大人しての勤めだ。それに大勢の市民の命も関わる問題でもある。何としてでも、接触前に連れて帰るぞ」
「……そうね」
若者が間違った方向に進もうとしているのであれば、先を生きる者として正しい道に導かねばならない。
二人の高位探索者達は短いながも言葉を交わすことで、より決心を固めて移動する速度を上げた。
事態が手遅れになる前に。
――しかしモンスター達が支配する領域付近で彼らを待ち受けていたのは、善悪の区別もつかない子供のように嗤う一匹の『鴉』であった。
■
鴉に肉体を変化させて、次の侵入者達の方へ私は辿り着いた。
(……侵入者の数は二人。外見から見るに、戦士と魔術師の組み合わせっぽいけど、ぱっと見はさっきの子と同じくらいかな?)
初見の敵を相手に、ステータスが大幅にダウンする変化体で対応するのには危険はあるが、この様子では杞憂に終わりそうだ。
と言っても、彼らの表情を見るに先ほどの少女のように、私との力量差も分からずに攻撃してくることはなさそうだ。
恐らくは、あの少女を連れ戻しに来たのだろう。まあ、一足遅かったが。
魔術師風の女性が、私に向けて声をかけてくる。
「えっと、私達の言葉が分かるかしら? こちらには争う意思はないのだけど、話を聞いてもらうのは構わない?」
「もちろん。君達の言葉は分かるよ。それで用件は? このまま何もせずに立ち去るなら、私の方からも手を出すことは決してない」
「……なら聞かせてくれる? 少し前に、女の子が一人来なかったかしら? 会っていないのなら、それで良いのだけど」
彼らの目的は予想通り、少女を連れ戻すことであったようだ。嘘をつく利点もないので、正直に答えるとしよう。
「君達の言う少女とはさっき戦闘としてね。もちろん、私が勝ったよ」
「それで、その子は……!」
「殺してはないよ。ただ戦利品として持ち帰らせてもらったけど」
「……返してはもらえない? それとも、代わりの人質が必要なら、私とその子を交換してもらえる?」
「そんな必要はない。私の提示する条件さえ、承諾してくれたらね」
「……さっきも言った通りに、こちら側に拒否権はないわ。その条件を教えてちょうだい」
「一つ目は、今後私の城に干渉してこないこと。もう一つは、私のものに傷をつけてくれた馬鹿な連中――『迷宮荒らし』を滅ぼしたい。協力してもらうよ」
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