第31話 愚かな少女は悪魔に敗れる

 『テレポート』で『悪魔城』の外にひとっ飛びする。相変わらず、この魔法は便利なものだ。これまでは『聖女』によって妨害を受けていたせいで、使用に制限がかかっていたが今はそれもない。

 その真価を遺憾なく発揮できる。



 召喚した悪魔達には決して手を出さないように命令を送りつつ、転移した先にいる侵入者に視線を送る。

 立派な造りをした剣を装備した少女だ。武器からして前衛だと思うが、それにしては下がミニスカートだけで心許ないように感じられる。

 あんな格好で激しく動き回ったら、色々と見えてしまいそうだが大丈夫だろうか。



 そんな下らないことを考えていると、侵入者である少女の方から声をかけてきた。



「貴女があの『ダンジョン』の主? それとも別のモンスターに従っているの?」



 初手は情報収集か。まあ、今までの戦闘の様子が世に出ているのであれば、私との力量差も一目瞭然のはず。

 正面はもちろんのこと、生半可な不意打ちも効果がないことは十分に理解しているだろう。



 逃げ切れる手段を用意して、少しでも情報を得るつもりだろうか。いまいち、この少女の考えが読めない。

 もしそうだとしても、逃がすつもりはないが。ボス戦からは撤退できないのが、ゲームのお約束だからね。

 とその前に、少女の質問に答えて上げるとしよう。



「あの『ダンジョン』……『悪魔城』の主は私。そう答えれば、満足かな?」

「……そう。最後にもう一つだけ質問をするわ。玲香達……貴女達が連れ去った子達は無事なの?」



 少女から追加の質問がきた。人質というのは、『聖女』と美由紀のことだろう。この少女は彼女達の救出に来たのか。

 中々、強い正義感の持ち主だ。

 正直に答えても構わないが、それでは私《リリス》としては面白くない。



「――君の質問に答える義務は私にない。そういう返答では満足できないかな?」



 この少女に正解を教えない。そうすれば、彼女から良い反応が見れそうだと考えたからだ。

 確して予想は当たり、少女は整った顔に怒りの表情を一瞬だけ浮かべ、それを引っ込めると厳しい視線を向けてくる。



「答えないというのであれば、貴女を倒してから直接聞くとするわ。これでも高位探索者の一人として、強さには自信があるの」



 あまりにも真剣な表情なせいで、今の発言が冗談か本気なのか判断に困る。

 これだけ派手に立ち回った私の戦闘の様子を、一回も見たことがない訳はないだろうに。それで勝てると豪語するのは、少女がよほどの自信家か世間知らずか。

 どっちでも、構わない。少なくとも世の中には、黒ローブ解体ショーの公開だけでは抑止力にならない者もいると勉強できた。

 今後に活かすとしよう。



「それだけ強さに自信あるんなら、見せてくれるかな?」



 その言葉を開戦の合図として、私は近くにいた下級悪魔『レッサー・デビル』を突撃させる。



 少女は自分に向かってくる『レッサー・デビル』に一切怯む様子を見せることなく、瞬時に剣を抜刀。

 何の策もなく突撃をしようとした『レッサー・デビル』は、簡単に一刀両断された。醜い断末魔がやけにうるさく聞こえる。



(……『レッサー・デビル』程度は一撃か。まあ、そのぐらいしてくれないと暇潰しにもならないし、別に良いかな。

 近接戦闘は苦手だけど、ちょうどいい機会だし練習のつもりで遊んでみるか)



 改めて悪魔達には手を出さないように言い含めた上で、私は素の身体能力で少女に向かって飛びかかる。

 と言っても、さっきの攻防で推察した少女が反応できる程度に抑えているが。



 恥ずかしながら喧嘩の経験はあまりない。武器を用いない戦闘方法といえば、単純な殴る蹴るしか思い浮かばないので、右拳で殴りかかる。



「くっ……!?」

「へええ……!」



 右拳に硬い鉄の感触が伝わる。手加減しているとはいえ、私の一撃を防いだ。その事実に、ほんの少しだけだが笑みが浮かぶ。



(これなら、もうちょっとだけ力を出しても良いかな?)



「ほら、次っ! 上手く防がないと、その綺麗な顔が吹っ飛んじゃうよ!」



 そのまま拳のラッシュに、時々蹴りを交えながら攻撃を続ける。少女は急所に当たりそうな攻撃だけを何とか防ぐことに成功する。

 私の技量が皆無に近いせいか、それとも少女の戦闘経験が私を圧倒的に上回っているのか。

 一撃でも喰らえば致命傷になる攻撃を、肌にかすり傷をいくつも作りながらも、いなし躱し続けた。





「はあ……はあ……」

「あれー、君。もう終わりかい? こっちはようやくエンジンがかかり始めた頃なんだけど」



 少女の威勢がどれだけ良く、私の攻撃を上手く防ごうが、それはいつまでも続く訳ではない。

 私と少女の間には根本的に覆せない身体能力の差があり、魔法の使用や眷属による数の暴力などを封じたハンデありでこの有様なのだ。



 始めから少女に勝ち目などありはしない。いつものように、単なるスペックのゴリ押しとは違う、どの程度の力を込めたら相手が壊れるのかを考え抜いた勝利による快感で口元が歪む。

 例えるなら、自力でゲームの攻略法を見つけた時のような気分だ。

 一方で少女は肌に無数の傷を作り、息も絶え絶えに地面に座り込んでいる。



 私の挑発的な物言いが気に食わなかったのか、少女は剣を支えにして何とか立ち上がる。その目には、未だに衰えぬ闘志が存在していた。



「まだ……終わってない! 私がここで諦めたら、貴女による被害は広がってしまう!」



 圧倒的な実力差を目の当たりにしても、少女は私との戦闘を続行をするつもりらしい。

 だが、流石にそろそろ飽きてきた。

 それに次のお客様が来ているので、そちらの対応をしなければ。



 先ほどまでよりも二段階程速度を上げて、少女に接近。彼女の首に手刀を叩き込み、意識を刈り取る。

 そして呼び寄せた『レッサー・デビル』に、少女を『悪魔城』に運ばせる。



「頼んだよ」

「■■■■」



 人間とは異なる言葉で了解の意を示した『レッサー・デビル』を見送り、急激に近づいてくる数人の侵入者を迎え撃つべく、鴉に変化して移動を開始した。



 ――一人の少女の選択によって、次なる侵入者達がやって来る。その事実に『大悪魔』は、ほくそ笑んだ。

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