第30話 『狂剣』浅田理沙
浅田理沙という人物は、ごく普通の少女であった。可愛いものや甘いものには目がなく、友人と遊びに出かけるのが好きで、時には恋バナに花を咲かせて、その合間に学業に勤しみ、将来について頭を悩ませる。
そんな一般的な女子高生である。
二つ違うことを挙げるとすれば、彼女が『ギルド』に所属する高位探索者『聖女』神崎玲香の友人であり、彼女自身も『狂剣』の二つ名を持つ高位探索者の一人であるということだ。
そして最後に付け加えるのであれば、人よりもほんのちょっぴりだけ正義心が強かった。
誰かが危機に陥っていると聞けば、自分の安全など度外視して、愛用の剣を片手に突き進んでいく。
それが『狂剣』と呼ばれる由縁である。
だから、だろうか。友人である玲香が死んでしまった可能性に、自分と同じ年齢頃の少女が続けて捕らえれた事実に。
理沙は憤怒し、我慢ができなかった。玲香が捕まった時は、他の探索者達に説得され何とか踏み止まっていたが、二人目の犠牲者が出たという報せを聞き、見張りの目を盗んで駆け出してしまっていた。
支部で厳重に保管されていた愛用の剣を持ち出して、理沙は街中を進む。目的地に近づく程、人の数は少なくなり代わりにモンスター達が放つ独特の威圧感が辺りに満ちていく。
常人よりも優れた視力で、立ち入り禁止区域を悠々と飛ぶモンスターを数体捉えた。そのモンスターは『古城』出現してから初日にも確認された種族である。
明らかに違うと分かるのだが、一見人間の赤ん坊を彷彿とさせる外見は醜く悍ましい。
そして見た目に削ぐわずに、残虐な性格をしているようで、犠牲者の多くは四肢のどれかが欠落して無惨な屍を晒す末路を辿っている。
と思えば、先の『迷宮荒らし』の工作により全面衝突が起こりかけた時は、ただの探索者は可能な限り無傷で運ぼうとしてきた。
その一方で、『迷宮荒らし』の構成員は考えられる以上に最悪な処刑方法が実行されて、首謀者と思わしき男も殺害されてしまう結果に終わっている。
その一部始終が一部のメディアによって世間に流出してしまったのが、政府や『ギルド』の炎上を招くことになり、中には興味本位で『古城』に近寄ろうとする愚か者まで出る始末。
現状の政府や『ギルド』は市民の不満を抑えるだけではなく、活動を活発化させつつある『迷宮荒らし』や侵食範囲を広げた『古城』への対応で機能不全に陥りかけているのは、また別の話。
話を元に戻して、『ダンジョン』の、特に『古城』のモンスター達の行動には一貫性があるようで、ないようにも感じられる。
外見相応の残虐性を全開にしつつも、気まぐれか意図しているのか、人間を助けるような行為も確認できる。
このちぐはぐさも、『古城』のモンスター達の主――少なくともかなりの上位者――であろう人型モンスターの『鴉』。彼女? の十歳前後の見た目と精神的未熟さが関連しているのであれば、違和感はない。
だからと言って、私を含めた探索者達や平穏を望む一般市民は、『鴉』の存在は容認できない。
今は不干渉の姿勢を貫くべきであると『ギルド』は言っているが、あんな危険な存在をいつまでも放置している訳にもいかない。
そうしている内に、玲香が生きていれば展開され続けるだろう結界は消失し、二人目の人質が出てしまった。
『鴉』にどういった思惑があるかは分からないが、誰かが危険を冒さなければならない。
理沙はそう覚悟を決めて、疎らに配置されている最低限の人数しかいない『ギルド』の探索者達の目をすり抜けて、モンスター達の領域に潜入する。
前衛の理沙にとって隠密行動は得意分野ではないものの、できなくはない。
なるべく気配を殺して、建物や電柱の影に隠れながら、ゆっくりと進んでいく。
(もう『ギルド』の皆んなには、私の不在がバレているだろうけど、ここまで来れば問題ない。
高位探索者と言っても、新種のモンスター達がたくさんいる場所には簡単には来れないはず。
だけど何か行動を起こす前に、私があの『鴉』を倒して、捕まっている女の子を助けないと……!)
そうすれば、全てが丸く収まる。理沙はそんな風に考えていた。それがどれだけ都合の良い考えだと理解できない程度に、彼女は若かった。
正義心が強いということは、言い方を変えれば正義の味方であろうとする自分に酔っているとも取れる。
それだけではなく、さらにその妄想は飛躍していく。
(もしかしたら、玲香はまだ生きているかもしれないし、『鴉』の子も『古城』にいる別のモンスターに無理矢理従わされている可能性もある! 私が助けることができるかも!)
一部だけ当たっている部分もあるが、大半が証拠もない妄想でしかない。
友人が死んでしまった可能性が高いせいで、一時的に正気を失い凶行に走ったと見ることもできる状態の理沙。
彼女は盛大な思い違いをしたまま、モンスターの領域を駆ける。そして理沙は前方に現れた気配にさっと視線を向ける。
――そこにいたのは、一人の黒髪の幼い少女。理沙が倒さなければならない、敵の姿があった。
――遂に『大悪魔』と『狂剣』が激突する。それが新たな火種になるとは、愚かでまだ年若い少女には理解できなかった。
――後書き――
ここまで本作品を読んでくださり、ありがとうございます。
もしも面白いと思って頂ければ、フォロー、
♥や★による応援をお願いします。
執筆の励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます