第29話 兄の思いやり

 ――妹の美由紀を助け出してから、数日。私というか『悪魔城』は平穏な日々そのものだった。



 黒ローブの集団の殺戮ショーがばっちりと世間に公開されたことにより、あの事件以降『悪魔城』に手を出してくる人間はいない。

 万が一いたとしても、『悪魔城』周辺に放った悪魔達が適当に処理をしてくれるようになっている。



 しかし前々から疑問に思っていたが、相対する人間全てに強者に値する者はいないことから、ビクビク怯えながら行動をする必要がないのかもしれない。

 引き続き強敵がいる可能性は考慮して行動はしていくつもりだが、杞憂で終わりそうな気もする。



 今の所確信できているのは、精々下級悪魔の群れを倒す程度の実力者だけだ。成り行きで捕らえることになった少女――本人曰く、『聖女』という二つ名を持つ高位探索者――を基準にして考えても、同じ区分に位置する他の高位探索者も脅威になるとは考えられない。



 確かに『聖女』が扱う特異な結界を始めとした魔法、連戦で度重なる魔法行使でも尽きない魔力量。

 ゲームのステータスがそのまま現実となっている私から見ても、「そんなのチートだろ!」と言いたくなる性能であった。

 あれで私と拮抗するだけの実力があれば、確実に負ける自信がある。



 まあ、そんな強敵がいたら、とうの昔に戦線に投入されてるだろうが。



 しかし、これで最後の一線を越えてしまった。どんな人間が相手であれ、殺さないように手加減はしていた。

 妹の美由紀が害されている場面を見せつけられ、理性でも踏みとどまることができなかった。



 いったいどこの世界に、妹が傷つけられて正気でいられる兄がいるだろうか。もしもいたとしても、そんな奴に兄を自称する資格はない。

 だが、それについては後悔していない。



 それに今回皆殺しにした奴らは、他の探索者を襲って利益を得る集団――『迷宮荒らし』だろうというのが、これまでに得た情報からの推察であり、『聖女』にもそうであると確認が取れている。

 それが全部の理由とは言わないが、不思議と罪悪感は薄い。我ながら、悪い兆候であると自覚はある。



 なお未だに『聖女』との信頼関係は築けておらず、アメリアの『魅了の魔眼』で無理矢理聞き出しのだが。

 状況が一段落したら解放したいとも考えているが、今の状況ではそれも難しい。



 それはともかく。目を覚ました美由紀と会話してみたのだが――。



「……えっと、美由紀。私が兄だと言って、信じられる?」

「……助けてくれたことには感謝するけど、ちょっと待って。いきなり過ぎて、情報を処理できない」



 ――見た目が完全に別物になっていたせいで、最初は信じてくれなかったが最終的には自分が兄であることを理解してくれた。



 そしてお互いに情報交換を行った。私の方から伝えたのは、主に三つ。

 ゲームの操作キャラクターに肉体が変化したこと。そのゲームでの拠点やNPCが自我を持ち、実体化したこと。

 世界中で『ダンジョン』やら探索者といった存在が当たり前の世界観になっているということ。



 美由紀の方から聞くことによると、世界に起きた異常は彼女も認識している一方で、

 それだけではなく、以前の私の存在を覚えているのは美由紀ただ一人のようだ。両親ですら、例外なく。

 その事実に寂しさを覚えるも、不思議と心のどこかでは薄々とそんな予感はしていた。



 それでも美由紀は、以前の私のことを覚えていてくれていた。そんな彼女を無事に助けることができた。

 それだけで十分だ。



 ひとしきりに、久しぶりの兄妹――傍から見れば今は姉妹だろうか――の会話に花を咲かせた後に、逆転してしまった体格差で感動の抱擁を行い、これからどうしようかと口を開きかけた所。



 先に、美由紀の方からその話題について切り出してきた。



「……それで兄さん。私って、いつ家に帰れるの? お母さんやお父さんも心配しているだろうし……それこそ兄さんについて、なんて説明したら良いかな? 姿こそ変わっちゃったけど、前みたいに一緒に暮らしたいし。

 寂しかったんだよ。兄さんが仕事を契機に一人暮らしを始めて、家にぽっくりと穴が空いたみたいで」



 ――私には美由紀のその言葉の意味が分からず、思わず尋ね返してしまう。



「――どうして帰る必要があるの? 外は危険がいっぱいなんだから、ここでずっといれば良いのに」

「……え」



 それまで笑顔であった美由紀の表情が、何故か凍りつく。

 確かに肉体の変化に精神が引っ張られているような気は度々するが、これは正常な感覚のはずだ。



 硬直の後。美由紀は私に対して、先の発言について聞き返そうとしてきた。

 しかしその行為は、近くにいたアメリアに背後から布に染み込ませられた薬品を嗅がせられることで妨害される。

 数秒後、美由紀は気絶した。



「アメリア。美由紀を第九階層の方に運んで、そのまま世話はアリスに引き継いでおいて」

「……それでよろしいのでしょうか、リリス様。妹君にそのような対応で」

「大事な妹に傷ついてほしくないから、手の届く範囲にいてほしい。そう思うのって、何か間違ってる?」

「……いえ。では美由紀様のお世話は、アリスに引き継いでもらいます」

「じゃあ、お願い」



 美由紀を抱えたアメリアを見送り、今後の方針について考えようとした時。外に放っていた悪魔の一体から、連絡が入る。



 あちら側基準で強者に区分されるだろう少女が一人、悪魔時の群れでが形成されているエリアに突撃しようとしていた。



「暇潰しにはちょうどいいか」



 そうぽつりと呟き、『テレポート』で私はその少女の前まで、一気に移動した。



 ――『大悪魔』と『狂剣』が対峙する。

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