第28話 次の犠牲者は?
――『古城』を覆う結界が消失。監視網を構成していた探索者達に紛れ込んでいた裏組織『迷宮荒らし』の人間が晒す、無惨な屍の山。
そして、そんな地獄のような光景を作り出した無数の異形は、『古城』周辺を我が物顔で闊歩している。
それが僅か一日にも満たない時間で起きた、悲劇だ。
特別警戒『ダンジョン』に指定されている『古城』を監視していた包囲網は、事実上崩壊してしまい、逆に『古城』由来の新種のモンスターが街中を歩いているという前代未聞の事態に発展してしまった
幸いモンスター達は一定の範囲より外に出てくることはないが、かなりの広範囲にわたって占拠される羽目になった。
最悪の事態を想定して、事前に周辺の住民の避難は完了していた。しかし元々現場にいた多くの探索者は無傷であっても、過度な精神的苦痛により引退を決意し、高位探索者数名は奮戦虚しくも、殺されることはなかったが手足を折られるなどして、しばらくの戦闘活動に支障が出る程の負傷を負ってしまった。
つまり高位探索者とされる人間であっても、簡単に殺すことができるモンスターが無数に存在するということになる。
その事実が明るみになってしまったことで、世間は大きな混乱に陥り、人々の非難の矛先は政府や『ギルド』に所属する探索者達に向いた。
どうして不用意にモンスターの巣窟である『古城』を刺激したのか。何故『ギルド』の構成員の中に、『迷宮荒らし』が入り込むという失態が起きたのか。
モンスターが連れ去った『聖女』神崎玲香と、もう一人の少女の救出を行なわいのか。
納得ができるものから、なら代案を出してくれと言いたくなるような意見もあり、世の中は荒れに荒れていた。
そんな中、『ギルド』の重役の面々はどういう対応をすべきか、会議に勤しんでいた。
「……それで一体どうするのよ。何も行動を起こさないと、『古城』のモンスターには『ギルド』は敵わない。人質の少女達は諦めたって、宣伝しているようなものよ」
魔術師を連想させるローブに身を包んだ女性――高橋紫は、停滞していた会議を進めるべく、現状を端的に指摘する。
それに答えるのは、屈強な肉体が特徴的な男性――武田剛だ。
「……それは言われなくても、この場にいる全員が分かっている。あの日、あの時。『古城』にいた高位探索者達は、俺達と何ら変わりない実力を持っていた。
それ以外の奴らも、各方面から中堅以上の探索者を集めた。多少『迷宮荒らし』の連中が紛れ込んでいようが、その程度のイレギュラーには対処して、並の……以前『鴉』が呼び出したモンスター程度であれば倒すことができる戦力を配置していたはずだ」
剛は語る。その日、どれだけの戦力が『古城』の包囲網に割かれていたのかを。
そもそも『迷宮荒らし』の構成員が入り込んでいること自体が問題なのだが、それは置いておくとして。
剛の――いや誰の見立てでも、今までのデータに基づけば『ダンジョン』の一つや二つ、数日の内に攻略できる戦力であった。
だが、現実はどうだろうか。戦意喪失した者が続出して、政府や『ギルド』の無能さを、『古城』の脅威を宣伝するだけの結果に終わった。
大量の離職者を出してしまった『ギルド』としては、ほぼ機能していない急ごしらえの監視網で『古城』を遠見に見るだけしかできない。
それこそ下手に徘徊するモンスターに手を出せば、今度こそこの国は終わる。
そんな確信があった。
どれだけの非難を浴びようとも、干渉すべきではない。形だけの人員を配置して、モンスター達の気まぐれがこちらに向かないことを祈るしかできないのだ。
それだけの実力差があることは、今までの、先日の一件で判明してしまった。
だが、それでは納得できない者がいた。今この会議の場にいない少女――浅田理沙も、その例に漏れない。
友人である『聖女』玲香の張った結界が消えたと聞いて、何の罪のないはず少女がモンスターに連れ去られたと聞いて。
理沙は単独で『古城』に乗り込もうとしたのだ。当然そんな蛮行が許可される訳もなく、理沙は武装解除されて『ギルド』の支部の一つで謹慎処分を受けている。
「……密かに『古城』のモンスターと交渉の席を設けるべきではないか?」
誰かがそう発言した。普通であれば、正気を疑うような提案。実際に紫や剛を始めとした面々が、激しく批判する。
「お前。それを本気で言っているのか? どこの世界に、モンスターに頭を下げる間抜けがいる。寝言は寝て言え」
「……なら、どうしろと言うんだ! あの『鴉』型のモンスターは、人間の少女に近い外見を持ち、感情があり我々と同じ言葉を話していた。
意思疎通は可能なはずだ! 奴らの方が圧倒的に強い。言葉を解さぬ獣が相手という訳ではない! それならば、慈悲に縋るのも一つの手だろう……!」
議論は荒れる。そう、これは仕方がないことなのだ。始めから正解のない、『古城』という不発弾にどう対処すべきかという案件なのだから。
中々進まない議論で、ただ言い合いだけが苛烈になっていく中。外で待機していた探索者が、扉を開けて入室してくる。
よほど急いでいたのか、息切れが激しい。
会議は一時中断され、その探索者の報告がされる。
「――緊急事態です! 高位探索者『狂剣』の浅田理沙が見張りを撒いて、現在『古城』の方面に向かっていると報告が――」
――愚者は次から次へとやって来る。そこが地獄への入り口であることを、脳みそで理解しながらも。
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