第27話 自業自得

 ――こんなはずではなかった。



 『蛇』の心を支配するのは、そんな思いであった。



 『蛇』は体中に走る激痛に耐えながら、こうなった状況を何とか思い返していた。



 自分に恥をかかせてくれたモンスターに同じだけの、いやそれ以上の苦痛を与えた上で、どこか適当な富裕層相手にそのモンスターを売りつけるつもりだった。



 『蛇』の目標であるモンスターは、モンスターとは思えない程に人間の少女に姿形が近く、それも一般的に言えば美少女にば分類される程だ。

 あいにく『蛇』には年下趣味はないのだが、特殊な性癖を持つ人間は少なくない。そういう富裕層相手であれば、しばらくの間遊んで暮らせるだけの金が手に入るはず。

 まだ確定していない薔薇色だった未来に、嫌らしく盛大に笑った。



 詳しい関係は不明だが、人質になりそうな少女も手元に確保していた。『迷宮荒らし』の中で築いた人脈を駆使して、人手は用意できた。

 『ギルド』の連中の中にも、『迷宮荒らし』の一味を紛れ込ませた。



 準備は万端だ。目標のモンスターを捕まえるだけではなく、余力で前人未到の『古城』に眠る財宝をぶん取るのも悪くない。

 そんな呑気なことを、襲撃をかける前は考えていた。



 突然起きた『古城』を覆う結界の消失。それによって生じた混乱を利用して、かなりの数の探索者達を考え『古城』に向かわせた。

 『蛇』自身は人質の少女を盾にするように、悠然と歩いていた。



 それが間違いだった。『古城』の鉄門に探索者の一人が手をかけようとした瞬間。

 『古城』と、『迷宮荒らし』や探索者で構成された歪な集団との間に、お目当てのモンスターが現れ歓喜しかけた時には、腹に凄まじい衝撃を受けて『蛇』の体は宙に舞っていて、そこからの記憶はない。



 次に『蛇』が意識を取り戻した時は、まさに地獄としか形容できない光景が広がっていた。自分と同じ、『迷宮荒らし』の構成員が纏う黒ローブを着た人間が無数に地面に転がっている。

 その大半が既に命がないことなど、一目で理解できた。地面に投げ出された体はピクリとも動いていない。

 肉体が五体満足であればマシな方で、ほとんどが四肢のどれかが欠損しても無造作に放り捨てられていた。



 そしてこの地獄のような、地獄そのものを作り出した下手人達の姿もそこにはあった。



 羽の生えた醜い赤ん坊や猟犬に似た何か。日本昔ばなしの地獄に出てきそうな鬼。黒服を纏った美丈夫もいれば、頭部が山羊でありながら人間と変わらずに服を着て二足歩行をしている異形すらいた。



 多種多様な異形がいる中で、共通していることが一つあった。人間に近い者も、そうでない者も顔には愉悦の表情が浮かんでいた。それも強者が弱者を蹂躙し、それを快楽とする類のものだ。



 『蛇』はその異形達の気色悪い笑みに、見覚えがある。『迷宮荒らし』としての活動で、女や子供の探索者を甚振り殺す際に、仲間が、自分が浮かべていた笑みであると。



 悪行三昧を働いている『蛇』であっても、目を背けたい現実をありありと見せつけられる中。彼の脳内には、まだ純粋無垢で幼い少年の時に母親と交わした会話が蘇る。



『悪いことはしては絶対に駄目よ。そうしないとね……』

『……そうしないと、どうなるの?』

『こわーい閻魔様に舌を抜かれてね、地獄でいっぱい痛くて苦しい思いをしないといけないの。

 だから、悪いことは絶対にしちゃ駄目。約束よ』

『はーい。約束する! 嘘ついたら、針千本――』



 何故こんな役にも立たない記憶を思い出したのだろうか。いや、意味はある。自分が不幸であるからと免罪符を掲げて、他者の命や権利を踏みにじってきた『蛇』や『迷宮荒らし』の構成員が地獄に落ちた。

 それを端的に理解させる為に、あの記憶が想起されたのだろう。



 だが今更後悔しようとも、『蛇』自身も満身創痍。仲間は全滅で、人質として連れてきた少女や『ギルド』の探索者達の姿も見当たらない。

 『蛇』の周りにいるのは、彼の知識にはないモンスターばかり。完全に詰みである。



「……お前だよね。『俺』の妹を攫ってくれたのは」



 そんな時、『蛇』の頭上から声がかけられる。『蛇』が声の方向に視線を向けると、そこには彼の獲物であった例のモンスターがいた。

 人間の少女と何ら変わりない外見をしたモンスターは、その顔には分かりやすい程に怒りの感情が浮かんでいた。



「あ……がっ……」



 何かを言おうとした『蛇』。謝罪か命乞いか。しかし喉が潰れているのか、血の塊や空気が出てくるだけだ。



「何だ、喋れないのか。どんな言い訳が聞けるのか楽しみにしていたんだけど、残念。

 悲鳴も満足に聞けそうにないし、精々私の物に手を出したらどういう末路を辿るのか。その見せしめになってちょうだい」



 そう言う終わり、モンスターの小さな足が『蛇』の頭に置かれる。その数秒後。ぐちゃり、と音を間近に聞こえたのを最後に、『蛇』の意識は今度こそ完全に断絶した。





 足が汚れる不快感で、眉間に皺が寄りそうになる。首謀者であろう男だったモノを一瞥することなく、残存している――減ったのは、下級悪魔が少しだけでほぼ無傷で残っている――悪魔達に追加の指示を出す。



「――お前達はこれから『悪魔城』の周辺に散開して、人間達が誰一人として近づけないように目を光らしておくように。

 無遠慮に接近してくる愚か者がいた場合に限り、殺害を許可する。

 まあ、これだけ凄惨な光景を見て、手を出そうとする馬鹿はいないと思うけど」

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