第26話 悪魔の軍勢

 この肉体に変化してからの二度目の切り札を発動する。『地獄の門・開門』。私の背後の地面に、縫いつけられたような『門』が出現する。

 この魔法は時間経過で、だんだんと強力な悪魔を連続で召喚するというもの。



 とは言ったも、以前のように陽動目的でもないので、ちんたらと時間をかけるつもりはない。

 魔法の発動に、通常の倍以上の魔力を込める。



 通常であれば、十分程かけて召喚される上級悪魔が五体現れる。その取り巻きとして、『地獄の防人』を始めとした三十体の中級悪魔、百体に及ぶ下級悪魔の群れ。



 これでも完全な本気には程遠いが、この場に集まっている人間達を鏖殺するには過剰過ぎるぐらいだ。

 しかしこのままでは、普通の探索者に紛れ込んだ黒ローブの関係者をあぶり出すことができない。

 もしもいないのであれば、それで構わない。だが、もしも彼らの中に紛れ込んでいるとしたら、一人一人確認する気もないし、一人も逃すつもりも毛頭ない。



 

 追加で魔法を一つ行使する。



「――『眷属招来・鏡の悪魔』」



 私のすぐ傍に構築された魔法陣から姿を現したのは、細い体躯に羽の生えた醜い人間。そして一番印象的なのは、その醜い風貌ではなく、両手に持った古びた二つの手鏡だろう。



 中級悪魔に過ぎない『鏡の悪魔』では、直接的な戦闘能力は期待できない。もちろん、この場の集団を相手にするのならば十分だろうが、『鏡の悪魔』を召喚したのはその固有魔法にある。



「――『我ガ望ミヲ映セ』」



 『鏡の悪魔』の口からしわがれた老人のような声が、辺りに響く。その声に呼応するように、『鏡の悪魔』が持つ手鏡が光を放つ。

 光が収まると、人間の集団には大きな変化が起きていた。普通の装備をしていた探索者であったはずの者の服装も、何故か黒ローブに変化していた。



 『鏡の悪魔』の固有魔法。その効果は、術者が望むように現実を改変するという法外なもの。と言っても所詮中級悪魔でしかなく、元がゲーム由来の存在である為に、あまり思い通りの効果は出ないのだが。

 それだけではなく、一度使えば一週間が経過しない限り、自軍の誰もが使うことができないというデメリット付き。



 しかし今回は上手くいった。私が殺したい人間全てを分かりやすいように、同じ格好――黒ローブ姿にしてくれと願ったのだが、その通りになった。



 これで、準備は整った。



 私の口角が、僅かに上がる。

 役割を終えた『鏡の悪魔』を魔力に還元し、控えていた悪魔の軍勢に指示を出す。



「――黒ローブ姿の人間はある一人を除いて残らず殺して。それ以外の人間は遠くに運べ。決して殺さないように」



「■■■■っ!」



 私が召喚した悪魔達は絶叫にも似た返事をし、それぞれの行動を開始した。下級悪魔が対象外の探索者達を、遠くに運ぼうとする。

 中級悪魔の一撃で無様な死に様を晒す黒ローブの人間。

 上級悪魔は嫌らしく一思いに殺さず、壊れ物を扱うかのように、丁寧に細部から壊していった。まるで犠牲者の悲鳴こそが、最高の天からの贈り物と言わんばかりに、人間に似た顔に悪辣な笑みを浮かべて。



 もちろん人間達も、襲いかかる悪魔の軍勢に抗おうとする。しかしへっぴり腰が大半を占める為、碌な抵抗はない。

 中には下級悪魔達が束になっても敵わない人間がいたが、中級悪魔を増援として送り込み、なるべく無傷で無力化させた。



 やがて対象外の人間達の姿はなくなり、『悪魔城』の周辺に残ったのは、黒ローブ達の死体だけだ。生きている人間は数える程度で、現在進行形で苦悶の表情を浮かべて、悲鳴が辺りに響く。

 『大悪魔』としての精神に僅かながら引っ張られたのか、その悲鳴が自分にも心地よく聞こえてしまう。

 それではいけないと思い、空いた片手で頬を叩き正気に戻る。



「危ない……危ない」



 気絶している美由紀を、これ以上この場にいさせるのは危険だ。一度『テレポート』で玉座の間まで転移し、そこにいたアメリアに美由紀を預ける。



「アメリア。美由紀を……この女の子のことを任せた。丁重に扱って。彼女は私の妹だ」

「それはどういうことでしょうか? 彼女は人間ではないですか……いえ、余計な詮索でした。

 その命令、承りました」

「頼んだよ。私はやり残したことがあるから。それが終わって戻り次第、改めて今後のことについて話したいと思う」

「承知しました。ご武運を」



 美由紀をお姫様抱っこの要領で抱えるアメリアに礼を告げた後、再び『テレポート』で外に戻ると既に決着はついていた。



 『悪魔城』に足を踏み入れようとしただけではなく、『俺』の妹に危害を加えようとした愚か者達はその骸を晒して、生き残っているのは首謀者らしき男一人だけであった。

 無関係な人間達の姿は全く見えない。



「……じゃあ、最後の仕上げに移るとしようかな?」



 誰に同意を求めることなく独りごちた私は、ゆっくりと憎たらしい男に向かって近づいていった。



 ――自分でも気づかない内に、私の顔には笑みが浮かんでいた。

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