第25話 地獄の門・開門、再び

 ――突如『古城』を覆う結界が消失した。この事実に、『古城』を包囲していた探索者達の間に動揺が走る。

 何故なら結界の消失は、それを張った術者――『聖女』神崎玲香の死を意味するのだから。



 玲香は高位探索者としての人望があり、その類稀な魔法の才能で多くの人間を癒し、その命を救ってきた。それが彼女が『聖女』という二つ名を授かった所以でもあり、厄災の箱を開ける切っかけとなる。



「嘘だろ……!? 『聖女』が張った結界が消えた!?」



 結界の消失に気づかない人間は不幸にも存在せず、彼らの反応は大きく三つに分かれる。

 一つは、動揺しつつも状況を冷静に把握しようとする者。

 もう一つは、『聖女』の死を受け入れられず、命令を無視して『古城』に突入しようとする者。

 そして最後の一つは、この混乱に乗じて悪意を持って『古城』に乗り込もうとする者。



 それらが混ざり合い、現場にいた高位探索者の声がけも聞かず、監視網はその機能を完全に失っていた。

 監視網を構成する人員の中に紛れ込んでいた『蛇』が主導で集めた『迷宮荒らし』のメンバーは、今にも『古城』の方に向かおうとする探索者を扇動する。



 それが最後の一押しになり、大半の探索者が『古城』の硬い鉄門を開けて雪崩込もうとしていた。

 その人員の中に『迷宮荒らし』の証左とも言える黒一色のローブを纏っている者が混じっていて、ましては縄で縛られ自由を奪われている少女がいることにも気づかない程度には、彼らから冷静さはなくなっている。



「ほら、さっさと歩け」

「んんぅ……」



 先頭近くを歩くローブの男――『蛇』は、例のモンスターに対しての人質として捕らえた少女を、盾にするように自分の前を歩かせていた。

 縄で縛られて、周りに助けを求められないように口には布を噛ませられている。その明らかに異様な姿を隠すように、『蛇』達と同じようなローブを着せられていた。



(何でこんなことに……)



 厳重過ぎる戒めを受けている少女――佐藤美由紀は、今の自分が置かれている状況を未だに飲み込めていなかった。

 ある日高校からの帰り道に不審者に声をかけられたと思ったら、そのまま攫われてしまい訳の分からない状態で、突然連れ出されたのだ。



 唯一許された思考で、この状況になった原因について考える。そしていくばくかの思考を経て、美由紀は一つの可能性に至る。



(もしかして、あの時の女の子が……? 突然いなくなった兄さんの名前を知っていたり、不思議な子だったけど……。もう訳が分かんない!)



 そもそも美由紀は、自分以外の全てが異常だと思っていた。数日前を境に、世界には『ダンジョン』やら探索者に魔法といった非現実的な要素が当たり前に存在していて、それを異常だと認識していない。

 異変はそれだけに留まらず、何故か兄の存在が世界から忘却されていた。あらゆる公的な記録や人の記憶から、その存在がなくなっていた。

 誰に尋ねても、「誰だ、その人は?」と言われる始末。

 自分自身がおかしいのかと考えるようになって、誰にも兄について話題に上げずにどこか違和感のある世界に適応しようとしていた時に、自分しか知らないはずの兄の名前を知っていた一人の少女。

 学業や部活の合間をぬって、その少女を探そうとしていた時に、不審者に誘拐されてしまったのだ。



(どうなるのかな……?)



 不安が脳裏に過ぎり、視界が涙で歪む。しかしその泣き声も、口に噛ませられた布で意味を成さない。



 美由紀の心を絶望が支配しようとした時。美由紀を押して歩く『蛇』の、周りの人間達の足が止まった。



 ローブのフードによって少し遮られた視界で、その原因を見つめる。大勢の人間と『古城』を隔てるように、一人の小柄な少女が立っていた。



(えっ!? あの子はあの時の!?)



 その少女は自分に兄の名前を告げてきた、異質な存在。少女の顔には以前出会った時のような笑顔ではなく、感情を殺したような無表情が張り付いていた。



 少女は足を止めた人間達の一人一人にゆっくりと視線を向ける。少女と美由紀の視線が交差したと思った瞬間。

 美由紀の後ろにいた『蛇』は少女に蹴られて、物凄い勢いで飛んでいき、支えを失った美由紀は倒れ込みそうになる。



 しかし美由紀が倒れた時の衝撃が襲うことなく、少女が美由紀の体を抱きとめていた。体格差があって傍から見れば不格好かもしれないが、美由紀を見つめる少女の顔には先ほどまでとは違い、安堵の表情が浮かべていた。



 少女は小さく美由紀に語りかける。



「――無事で良かった。後で色々と話したいことがあるけど、今はゆっくりと休んでて」



 その言葉に返事をすることができなかったが、緊張の糸が緩んだ美由紀は眠るように目を閉じた。





 私の体に寄りかかるように、意識を失った美由紀。無事で良かったと安堵すると同時に、彼女が受けていた仕打ちを考えると腸が煮え返りそうになる。



 『悪魔城』に侵入しようとした人間の中には、黒一色のローブ姿以外の者が多い。正直区別を面倒くさいと思いつつも、最後の理性で踏みとどまる。

 殺すのは、ローブの人間達だけに留めるとしよう。

 他の人間は巻き込まれないように、適当に遠くへ放り投げることに決めた。



 しかし少々数が多いので、以前の陽動の時は違い、本気で魔法の行使を行う。



「――『地獄の門・開門』」



 美由紀を傷つけたであろう黒ローブの集団には、前回のように手加減はしない。精々私のものに手を出すとどうなるのかという、見せしめになってもらうとしよう。



 ――地獄の門が、再び開かれる。




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