第24話 逆鱗
片づけができていない子供部屋のような印象を抱かせる異空間、第九階層『ハートの国』。国とついているだけあって、この異空間も中々の広さがある。シスター服姿の少女がいる場所に着くまでに、数分も要した。
キングサイズで華やかな天蓋付きのベッドに、一人の少女が寝かされていた。少女はシスター服ではなく、露出の少ないドレスが着せられていて、その細い首に嵌められた無骨な首輪が異様に目立つ。
一応その首輪は『モンスター・ハウス』内で、装備者の魔法や特殊能力の使用の一切を制限する代物である。その名前を『魔封じの枷』。
私が少女に施した拘束はそれだけのはずだったが、アリスの独断で追加の拘束が為されていた。
華奢な四肢は大の字の形でベッドの端に縄で繋がれていて、口には舌を噛み切っての自決を防止する為か布で鼻まで覆う猿轡が施されていた。
私達の気配に気づいたのか、眠るように閉じられていた少女の目が見開かれる。ばたばたと少女が暴れ始めた。
「んー!? んー!」
くぐもった悲鳴、いや怒った声が少女からする。その様子に申し訳なさを覚えた私は、慌てて少女に近寄り少女の言葉を封じ込めていた猿轡をずらす。
「ぷはっ……何の真似? 殺すのなら、早く殺してくれる? 私に人質としての価値はないし、そういう目的に使う気だったら、すぐにでも舌を噛み切るから」
「別にそんなことをするつもりはないから落ち着いて……! 多少手荒な扱いになったのは謝るけど、少しだけお話する気はない?」
放っておくとそのまま自害しかねない少女に対して、優しく声をかけるが彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。
「いきなり連れ去ってきた相手に……しかもモンスターと一体何を話すことがあるのよ……!」
少女の疑問や主張は最もなものだ。私が彼女の立場であったら、同じような反応を示すだろう。
しかしこのまま時間を掛けても、この少女との間に友好関係を築くのは無理そうである。
少女の自主性に配慮していて、初手から排除していた強行手段を選択する。
「そこまで口を利きたくないのなら、仕方ない。アメリア、『魅了の魔眼』を」
「はい、かしこまりました」
私は少女から離れると、後ろでアリスと共に控えていたアメリアに声をかける。アメリアは少女に近づくと彼女の目を覗き込み、その真紅の瞳を妖しく輝かせる。
その輝きに飲み込まれるように、少女の目が虚ろになっていく。
「……よし。成功ですね。これからいくつか質問をしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「……はい、問題ないです」
それまでの反抗的な態度が嘘のように、少女が素直返事をする。
これが吸血鬼であるアメリアが持つ特殊能力の一つ。『魅了の魔眼』。その効果は対象の性別を問わずに、短時間対象を思い通りに操れるというもの。
これはなるべく使いたくなかったが、このままずっと少女を拘束し続ける訳にもいかないので、心を鬼とするつもりでの指示だ。
それからアメリアが質問し、一時的に洗脳された少女がそれに答える。
判明したのは以下の通りだ。少女の名前は神崎玲香。『ギルド』と呼ばれる公的組織に所属する『聖女』という二つ名の高位探索者らしい。
現在私達の拠点である『悪魔城』は、『古城』と呼ばれ特別警戒『ダンジョン』の一つに指定されている。
ここまでは以前外に出た時に得た情報であったが、やはり今の世界が私の知るものと異なるものであることを確信できる類のものである。
『ダンジョン』と呼ばれる存在は、今の年代よりも昔に出現し、それからの歴史はかなり差異があるようだ。
『ダンジョン』を荒らす、そのまんまな『迷宮荒らし』という裏組織も存在するらしい。物騒なものだ。
そして『悪魔城』を覆う結界は、当初の予想通り少女――『聖女』が張ったものであった。結界の解除自体は、『魔封じの枷』が装備されている状態でも可能だった。
この辺も私達と彼ら探索者が使用する魔法のシステムが違うことが原因だろうか。その辺りは高位探索者と言っても、彼女にも分からなかった。
「……以上です。」
「じゃあ、これで充分かな? アメリア、もう『魅了の魔眼』は解除してもらって構わない。……その前に猿轡だけ、元に戻してくれる? 解除した瞬間に自決されても困るしね」
「はい」
一通りに気にかかっていた情報も得られて、結界の解除も完了した。『聖女』には『魔封じの枷』以外に魔法を使えないような策を講じてから、解放するとしよう。
「もう少しだけ窮屈な思いをさせるけど、我慢してね」
アメリアは私の指示に従い、『聖女』の首元にかかったままになっていた布を鼻まで元通りに被せる。
それが終わった瞬間に『魅了の魔眼』は解除され、『聖女』の目には正気の色が戻り大きなうめき声を上げる。
「ん~~!?」
暴れる『聖女』を無視して、アリスに引き続き世話を任せる。
「了解しました! リリス様!」
アリスの屈託のない笑顔に腕を振って、『テレポート』を使いアメリアと一緒に玉座の間に帰還した。
視界が切り替わる瞬間に、第一階層の異空間『堕落のエントランスホール』の『門番』であるセフィロトが『テレポート』で姿を現した。
「何か用かな? セフィロト」
「――緊急事態です。リリス様。『悪魔城』の周囲を取り囲んでいた人間達が仲間割れを始め、半分以上の人間が『悪魔城』に雪崩込もうとしています!」
「そのぐらいであれば、お前一人でも対処できるだろう?」
「……そ、それがですね。一人の少女が盾にされているようでして、一応ご報告に来たのですが」
セフィロトのその言葉に何故か嫌な予感がし、私はアメリアに『遠見の水晶』を用意してもらい、『悪魔城』入り口の様子を映し出す。
そこには先日見た黒色のローブを着た集団が、一人の少女を捕らえている状態で悠々と接近してきていた。
その少女の顔には見覚えがあった。私の――『俺』の妹である美由紀だった。
「――リリス様!?」
横から聞こえてきた静止の言葉を無視して、私は再び『テレポート』を使って『悪魔城』の入り口まで転移した。
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