第23話 破滅への第一歩

 男――本名はなく、同業者からは『蛇』と呼ばれているは、お世辞にも良い人生を送ってはこなかった。

 ある日『ダンジョン』が世界に現れて、人類全体から見れば大きな恩恵を受けることができた。

 ある者は『ダンジョン』に挑み、英雄として富や名声を得た。またある者は有益な魔法を得て、社会に貢献した。



 しかしそれは極一部の話で、少なくない数の人間が『ダンジョン』で命を落としている。もちろん各国の政府や『ギルド』は、対策を練り一人でも多くの死傷者を減らすことに尽力した。

 それでも『ダンジョン』から齎される財宝に目が眩み、モンスターに襲われて死ぬ人間は後を絶たない。



 『蛇』と呼ばれた男がまだ幼く少年であった時、彼の父親は会社員から探索者に職を変え、『ダンジョン』へ潜った。妻や息子により良い生活を与える為に。

 だが、どれだけ志が立派であっても、死は平等に訪れる。少年の父親も、他の弱小探索者同様にその命を散らした。



 一家の大黒柱である父親が死んでから後の少年の人生は、転落の連続だった。母親は父親の後を追うように死に、少年は気がつけば『迷宮荒らし』と呼ばれる裏組織に身を寄せるようになっていた。



 ――『迷宮荒らし』。『ダンジョン』が現れてから、誰が言い出した訳でもなく自然に形成された裏組織。

 その名の通り、国や『ギルド』が管理している『ダンジョン』に探索者を装って侵入し、貴重なアイテムや素材の裏ルートへの横流しはまだ可愛い方である。

 人目を盗んでは一般探索者を襲い、彼らから金目のものを奪い取るなど日常茶飯事。中にはモンスターを『ダンジョン』外に連れ出し、富裕層を相手に売買したり、テロの武器として扱われることもある。



 この『迷宮荒らし』の対処には、常日頃から各国の政府や『ギルド』は頭を悩ませていた。



 そんな裏組織である『迷宮荒らし』に入り、それまでの名を捨てた少年は『蛇』という名を与えられ、やがては成人した。



 今日も今日とて、手頃な『ダンジョン』に赴き悪事を働かせようとした時。男――『蛇』の耳に、新たな『ダンジョン』が出現したという報せが届いた。

 これは良い、と『蛇』は笑った。

 新たに『ダンジョン』が現れるなど滅多にない。未踏破の『ダンジョン』から得られるものであれば、どんなものであっても高い値がつく。



 しかし危険も相応にある。他の探索者にはカナリアになってもらうとしよう。そう考えている内に、政府と『ギルド』はその『ダンジョン』を閉鎖してしまった。



 これではせっかくの儲け話が遠のくと焦っていると、その『ダンジョン』――『古城』から一体のモンスターが市街地に出たという話を、仲間が盗聴することに成功。

 『蛇』は仲間を引き連れて、そのモンスターを追いかけた。



 一見ただの『鴉』にしか見えなかったそれに、『蛇』が攻撃を繰り出すと正体を現した。



 黒髪が綺麗な、小さな少女の姿をしていた。『蛇』は歓喜した。モンスターでこれだけ見目の良い人間に近い個体は前代未聞であり、人語も解するようでかなりの値段がつくだろう。

 そう細く笑むと、『蛇』は仲間に指示を出して連れ帰ろうとした。中々に生意気な口を利いてきたので、少しだけをしてやろうと考えていた。



 だが、そんな『蛇』の思惑はあっさりと瓦解した。単純な話で、少女の形をしたモンスターが強すぎたのだ。

 魔法や特殊な能力の一つも使うこともなく、十人もいた『迷宮荒らし』の面々は『蛇』も含めて、地面に倒れ伏していた。



「次からは喧嘩を売る相手は考えた方が良いよ? 一応これ、善意からの忠告」



 死なないように手加減をされて、商品としか見ていなかった相手からそう言われる始末。『蛇』のプライドはズタボロであった。



 気絶していた仲間を見殺しにして、騒ぎに集まってきた探索者達の目を掻い潜り逃げ出すことに成功。

 しかしその後『蛇』の中で、あのモンスターに対して苛立ちが収まることはなかった。



 聞けば、あのモンスターは『聖女』の二つ名を持つ高位探索者を攫った後、『古城』に引きこもってしまっている。



 どうやったら、あの澄ました顔をした餓鬼の姿をしているモンスターを引きずり出せるか。『蛇』は必死に思考を回し、記憶を掘り返す。

 そこで思い出した。自分の意識が朦朧としている間に見た光景を。

 あのモンスターが一人の女子高校生に、親しみを感じられるように抱きつく様子を。



 これだ。妙案を思いついた『蛇』は行動に移した。少女の身元自体はすぐに判明した。

 佐藤美由紀。ただの女子高校生でしかなく、あのモンスターとの関連性など見えてこなかったが、『蛇』には確信があった。

 この少女はあのモンスターに対する人質として機能すると。



 既に人質の少女は確保している。これがあれば、あの生意気なモンスターを屈服させ、思い通りにできる。そう信じていた。



 ――自分が破滅への道を爆走しているとは気づかずに。







 

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