第22話 忍び寄る毒牙
「あー……やってしまった……」
私は『悪魔城』の深奥、玉座の間にて頭を抱えて後悔の念に駆られていた。いや、正確にいえばとうの昔に葬り去っていた黒歴史をほじくり返されたような羞恥心が襲ってきていた。
どうもこの肉体に変化してから、その場の雰囲気や感情に身を任せて行動することが増えてしまった気がする。見た目に精神が引っ張られて退行しているのかとも考えたが、設定上は何百年も生きた『大悪魔』だ。
子供にしか見えない外見なんぞ、創作の人外共には関係ないはず。
それとも生きた年月と容姿の間に関連性がないせいで、その人物の精神年齢が直接外見に投影されるのだろうか。だとしたら、本当に自分の精神は幼い少女のものに変化しつつあり、何れは身も心も完全な人外に――。
「それは今考えることじゃないよな。……どうしようか、あの子のこと」
今の所は理性まで捨てて行動している訳ではない。最後の一線は越えていないはず。
真っ先に考えなければならないことは、私が攫ってきてしまったシスター服姿の少女のことだ。
『悪魔城』を覆う結界である術者であろう少女本人に解除させる。魔法や探索者の存在を含めて、私の記憶と今の世界の齟齬を完璧に埋める。
その為に大勢の探索者と呼ばれるであろう人間相手に、手を抜いた状態で戦い、シスター服姿の少女を連れて帰ってきたのだが――。
現状少女は第九階層で身柄を拘束している。拘束しているとは言っても、直接傷を与えている訳でもない。無駄な抵抗ができないように、魔法の使用を制限するような仕掛けを施しておいたが後は『門番』に任せている。
もちろん女性の『門番』にである。流石に元男の自分や男性の『門番』に、捕らえているとはいえ少女の世話を任せる訳にはいかない。
手荒な扱いはしていないと思うが、後で確認するとしよう。彼女と話してみたいとも思っているからだ。
少女をお持ち帰りしてから、二、三日が経過しているが、
目ぼしい情報は未だに引き出せておらず、依然として結界は健在。幸い少女を助け出そうと特攻を仕掛けようとしてくる人間は今の所はいないが、それもいつまで続くか不明。
少女自身のことも考えると、早めにこちらの目的を果たして返して上げるのが良いだろう。
「――アメリア。第九階層の異空間に行く。着いてきてくれ」
「了解しました、リリス様」
侵入者がいない為暇なのか、玉座で延々と考え事に耽っていた私を眺めていたアメリアに声をかけ、傍に来てもらう。何がそんなに楽しいのだろうか。首を軽く傾けつつも、アメリアの片手を握り『テレポート』を発動した。
「……よし、到着。アメリア、もう離れてもらって構わない」
「はい」
『テレポート』を発動すると、私の視界に映る光景が切り替わる。陰鬱で暗い雰囲気であった玉座の間から、様々な人形が並び、床に散乱する異様な空間にやってきた。
無事に『テレポート』が終わった為、握っていたアメリアの細くて綺麗な手を離す。
目が痛くなるような空間の色合いも相まって、おかしな国に迷い込んでしまった錯覚に陥る。
転移酔いとは別の目眩のようなものを感じていると、私の方に目掛けて飛び込んでくる小さな塊が一つ。
それを何とか受け止めると、私の薄い胸に顔を押しつけてくる少女の髪を撫でながら声をかける。
「アリス。元気にしてた?」
「はい! リリス様!」
他の『門番』の時とは違って、柔らかい口調で話しかける。それに対して胸の中の少女も、その顔に笑顔を太陽のような笑みを浮かべて返事をしてきた。
少女の名前は、アリス。この第九階層の異空間『ハートの国』の『門番』である。モチーフは名前の通りに、あの有名な童話であり、彼女の容姿も原典に忠実なものになっている。
今の私よりも低い背丈に、背中の中ほどまで伸ばされた金髪。青色のワンピースドレスと白色のエプロン。
文句のつけようがない、正真正銘の『アリス』であった。
「それで何か御用ですか?」
「ええっとねー、この前アメリアに連れて来てもらったお姉さんの様子を見に来たんだけど、何か変わったことがあった?」
「いいえ、特に何もないですよ? 情報は何も吐いてくれないし、自由にさせているとすぐに自決しようするから縛ってます!」
「え……」
ごめんなさい、まだ会話をしたことのない少女よ。世話を任せる人選を誤ったかもしれない。
私はアメリアとアリスを伴って、大至急少女が寝かされている場所に直行した。
■
「――おい、女。お前の名前は佐藤美由紀か?」
「……そうですけど、何か用ですか?」
「ビンゴ。何……お前には撒き餌になってもらいたくてな。一緒に来てもらうぞ」
――『迷宮荒らし』と呼ばれる人間達の毒牙が、リリスの妹である少女に伸びようとしていた。
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