第21話 対策会議
――ここは日本に点在する、政府に所属しない探索者達を管理する組織『ギルド』の支部の一つ。その施設の会議室は数時間使用されていて、未だに終わりが見えそうになかった。
「――だから、玲香を早く助けに行かないといけないの! 何度言ったら分かるの!?」
一人の少女が大声で怒鳴りながら、自分の前の机を強く叩く。少女の顔には怒りの感情の他にも、誰かを心配するようなものが含まれていた。
その人物とはこの場にはいない、先の少女の発言にあった『玲香』と呼ばれた少女のことである。
そんな少女を諌めるように、彼女の向かい側に座っていた屈強な体格の男性が口を開く。
「――何度も言っているだろう、理沙。今お前一人が行った所で、余計な犠牲が増えるだけだ」
「じゃあ、何? あんな化け物共の巣窟で、玲香が慰み者になるのを我慢しろって言うの!?」
「そういうつもりはない。俺はただ機会を伺えと言っているんだ。お前が玲香を、友人を助けたいと思う気持ちは理解している。
だがな、今は私情を優先している場合ではない。俺だって、本当は今すぐにでも助けに向かいに行ってやりたい! だが、変にあの化け物共を刺激してみろ。玲香の命だけではなく、一般人にまでも犠牲者が出かねない。
すまないが、堪えてくれ」
「ちっ……!」
屈強な男性――武田剛の言葉が正論であることを、理性では理解している少女――浅田理沙は悔しそうに舌打ちをし、大きく音を立てて席に荒々しく座った。
「……良いわ。すっごく不服だけど、我慢してあげる。私の独断専行で一般人にまで犠牲者が出たら、玲香も悲しむでしょうから」
不満を隠そうともしない理沙ではあるが、何とか理性で踏みとどまったようだ。そんな彼女の様子に、会議室にいた面々は安堵の息を吐いた。
「……だけど、一体どうするのかしら? 玲香ちゃんの安否はもちろんのこと、モンスター達の要求が分からないとどうしようもないわよ」
会議室に訪れた束の間の平穏を崩すかのように、会議の主題に関しての質問を繰り出したのは、二十代後半と思わしき魔術師のようなローブに身を包んだ女性――高橋紫であった。
紫を始めとしてこの場にいるのは、全員が『ギルド』に所属している所謂高位探索者に位置づけされる人物である。そんな実力者達集まり、何時間にも及ぶ討論に発展しているその内容とは。
つい先日住宅街の一角に出現した『ダンジョン』についての対応であった。
最初に送り込もうとした中堅探索者達は、その『ダンジョン』から現れた新種のモンスターの手によって半壊。その後そのモンスターは犠牲を払いつつも、討伐に成功した。
同じような事態が起こらないように、政府と『ギルド』と合同で『ダンジョン』――仮称『古城』周辺を不可侵地帯に設定し、大量の人員を動員して監視網を構築していたのだが、悲劇は起きてしまった。
昨日の正午過ぎ。二度に渡る『古城』からモンスターの集団が出現。一度目は『聖女』こと玲香の尽力で撃退することに成功したが、問題は二度目の襲撃だった。
玲香が一度目の襲撃の隙に市街地に進出したのを目撃し、帰還したと思われる一匹の『鴉』の形をしたモンスター。そのモンスターと二度目の戦闘に発展したのだが、一度目の戦闘での疲労がたたったせいだろうか。
玲香は敗北し、『古城』に連れ去られてしまった。
それだけでも頭が痛い話であるのに、その際に『鴉』は何と人型の姿に変化したのだ。そして『古城』には手を出すと、人質の命はない。そう言い残して、姿を消したのが一連の事の顛末である。
それを踏まえた上で、『ギルド』としてどう対応すべきか。という主題で延々と答えが出ない会議が続いていた。
例えば、先ほどの理沙のように人質である玲香を救出すべきという意見。また危険なモンスターが巣食う『古城』を、大規模な討伐隊を組織して攻略すべきという意見もあれば、下手に刺激すべきではないという保守的な意見もある。
しかもこの意見の対立は、この場に集まったメンバーの間でも起きているのだ。これを人間社会全体で見れば、より多くの意見が出て、全員が納得する方針を打ち出すことは不可能に近い。
しかし、それが許される状況ではない。『ギルド』所属の高位探索者として、この場の全員が最善と信じる道を模索しているのだ。
「玲香を連れ去った『鴉』……モンスターだけど、市街地での目撃情報はなかったの? 一度街の方に飛んでいったっていう話を聞いたけど」
理沙の質問に対して、誰かがこう答えた。
「不自然な程に何も報告はなかった」
それに対して、剛が疑問を呈する。
「おかしな話だな。その『鴉』は隠密能力がそんなに高いのか?」
「別におかしくはないんじゃない。そもそも、あの場で『鴉』の存在に気づけたのは玲香ちゃん一人だけよ。
むしろ気にするべきは、どう対応すべきかでしょう。『古城』を覆う結界が今も健在の所を見ると、玲香はまだ無事だろうけど、それがいつまでも保つとは限らない。
モンスター共の言う事を鵜呑みにするような馬鹿はいないでしょう?」
紫の言葉に黙り込む面々。会議室に何度目かも分からない静寂が立ち込めた。それを打ち破るように、上座に座っていた白髪が目立ち始めの初老の男性――剣崎武蔵が口を開く。
「――このまま話し合っていても埒が明かない。現状『古城』の監視の方はどうなっている?」
武蔵の質問に、横に控えていた秘書らしき男性が答える。
「現状『古城』の監視網はより大人数を動員して、この場にいない高位探索者を数名派遣しています。……ただ、結界の維持を担っていた玲香さんが不在な為、脆弱性は上がっています。
同じ規模のモンスターが『古城』より現れた場合、対処は困難と思われます。それに『古城』ばかりに人手を割いていると、他の『ダンジョン』の管理や『迷宮荒らし』への対応が疎かになる可能性が……」
「そうか。そういえば、『迷宮荒らし』の奴らの活動も活発化していたな。余計なことをしでかさないと良いが……。
私達は私達にできる対策を講じるとしよう。引き続き、『古城』については不干渉。これについては反対意見もあるだろうが、何とか我慢してくれ。
目撃情報によれば、『古城』の人型モンスターの『鴉』やメイド服の少女からは相応の知性が感じられた上に、戦闘での死傷者はゼロだ」
武蔵の発言に、会議室全体が驚愕の表情を浮かべる。
「嘘でしょ!? だって一般人にまで被害は出ているって話じゃない!?」
「それは『古城』が出現して、初日の話だ。今日起きた二度の戦闘にわたって、負傷者はいるが死亡者は一人もいなかった。
まるで戦闘中に誰かが回復魔法を施したかのようにな」
紫が一つの可能性に行き着く。
「モンスター共が探索者達に回復魔法を、わざわざかけていたと言うの? それこそ玲香ちゃんが回復魔法を使用していたんじゃないのかしら」
「その可能性もあるが、死者が一人もいないのは不自然だ。それに『鴉』や『鴉』に召喚されたモンスターの映像を見ただろう。あれらを相手にしていて、いくら玲香でもそんな余裕はない。
あちらが遊んでいたのか、本気で敵対するつもりがないのかは分からないが、私達の方から手を出すのは得策ではない。
……あまり想像したくはないが、この国の総力をも上回る戦力が、あの『古城』に眠っている可能性がある」
武蔵の言葉に、再び会議室には重たい空気が訪れた。
「……という訳で、『古城』については今の所静観。各々決して勝手な行動を起こさないように。
……誠に遺憾ながら、神崎君の無事は『鴉』達を信じる他ない。私も焼きが回ったな。それで、次は『迷宮荒らし』についての対応だが――」
――『ギルド』では対策会議は続いていく。
一方で、話題の渦中の『鴉』こと『大悪魔』リリスは派手に立ち回った上に、少女を一人連れ去ってしまったことに対する後悔でのたうち回っていた。
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