第17話 無謀な挑戦
面倒事を避けることを優先してきたはずだというのに、私の体は無意識の内に少女に向かっていた。それなりに離れていた距離は、人外の並外れた身体能力で一瞬にして詰められる。
多分、その場の誰もが私の動きに反応できなかったはず。
「きゃ!?」
小さな悲鳴が上がる。
駆け出した次の瞬間に私の小さな体を受け止めたのは、例の少女であった。正確に言えば、少女が受け止めたのではなく、私が勝手に抱きついていた。
その事実を遅れて認識した私は途端に恥ずかしくなり、少女の体から離れようとした瞬間。
少女の方から、私に声がかけられた。
「えっと……大丈夫?」
困惑しながらも、こちらを心配するような声色に眼差し。そのどれもが記憶にあるものと一致する。
このまま少女の優しさに甘えたいと思ってしまったが、内心自身に喝を入れる。
今の自分は見た目はどうあれ、中身は成人男性。年下の女子高生に、しかも家族である少女の体に抱きついている状況はどう考えても事案である。
周囲には他にも人間達がいる。これ以上この場に留まることは、あまり好ましくない。
それでも、最低限の当初の目的は果たすべきだろう。
「ねえ……美由紀。この名前に聞き覚えがある? ――って言うんだけど」
私の問いに少女――美由紀は一瞬の内に、その顔に驚いた表情を浮かべると、少し震えた声で逆に問いを返してきた。
「……どうして貴女が私の名前だけじゃなくて、その人の名前を知っているの? どこで聞いたのか、教え――」
「それだけ聞けたら満足だから。またね」
美由紀の言葉を遮り、別れを告げると彼女の体から離れる。若干名残惜しいが、目的は達成できた。妹である美由紀は元気にしているようで、両親も変わりないだろうと勝手に納得する。
それだけではなく、美由紀の反応を見れば異変が起きる前の私――『俺』のことも覚えていそうだ。
その事実は分かっただけでも、遠くまで足を運んだ甲斐がある。
美由紀に向かって軽く笑顔を向けた後、急速にその場から離脱して適当な人目のない場所を見繕う。
そこで鴉に変化して、『悪魔城』までのひとっ飛びだ。
しかし『悪魔城』周辺を覆う結界や監視網をどうするべきか。優雅に空の旅を堪能していると、私は一つ考えが浮かんできた。
「よし、この方法なら上手くいくかな?」
そう独り言を呟きながら、頭の中で作戦のシミュレーションを開始した。
■
――時間は少し前後して、特別警戒『ダンジョン』の一つ、『古城』周辺にて。
包囲網を形成していた探索者達は突如として出現した『門』から出てきた新種のモンスターの集団と戦闘を行っていた。
戦闘は実に数時間にも及んだが、以前とは違い探索者の数の多さ、そして高位探索者『聖女』のサポートがありモンスターの集団を殲滅させることに成功した。
『聖女』の支援魔法は見事なもので、力の半分以上を結界の維持に回しているのに、その効力をさらに上昇させた上で前線で戦う探索者達にバフをかけつつ、自らも前衛として戦ったのだ。
特に『聖女』が扱う白魔法は、新種のモンスター達に非常に効果があり、被害は驚くべきことに負傷者のみで死者数はゼロ。
現状は至急包囲網を形成する人員を入れ替えた上で、『古城』に異変がないかを監視するのみに留まっていた。
当然中には大規模なチームを組み、さっさと『古城』を攻略すべきという意見もあったが、『聖女』から齎された一つの情報で政府や『ギルド』は二の足を踏んでいた。
その情報はモンスターの集団との戦闘が始まると同時に、『古城』から一匹の『鴉』が飛び立ったというもの。
ただの『鴉』と侮るなかれ。『聖女』の見立てでは、現状確認できた『古城』由来のどのモンスターも比較にならない程に強い可能性があると。
未知の『ダンジョン』に予想できない程の強力なモンスターの存在。
これが『古城』に下手に手を出したくない理由である。無駄に刺激して、例の『鴉』と同程度のモンスターが出てくることを恐れているのだ。
また懸念すべき点がある。その『鴉』は市街地に飛び出してしまっていることだ。混乱を避ける為に、この情報は一部の者だけで共有されている。
念の為に、秘密裏に選別された探索者のチームによる捜索が行われている。しかし結果は芳しくなく、『鴉』の行方は不明。
そのことに『聖女』の二つ名を持つ少女――玲香は苛立っていた。彼女が『鴉』に気づいた時点で情報が共有されていれば、こんなに後手な対応にならなくても良かったはず。
しかしモンスターの集団との戦闘で現場は混乱していて、その場にいた唯一の高位探索者ということもあり、彼女自身が追いかける訳にもいかず。
『鴉』の情報が上に伝わったのは、数時間も経った後だ。
玲香が怒りをぶつけたい相手は、他ならぬ自分自身。自分が最適な行動を取ることができていれば、もっと被害は少なかっただろうに。
そう自責の念で、怒りの火種を燻らせていた。
(反省は後よ、私。この場から動けない以上、あの『鴉』のことは他の人に任せるしかない。
今は『古城』の監視を最優先。いつまたモンスターが現れるか、分からないからね。気をしっかりと引き締めないと)
用意された個人用の天幕で考え事をしていた玲香は、気を引き締める為に軽く頬を叩く。
そして気分転換の為に外の空気でも吸ってこようと思い、ベッドから立ち上がろうというした瞬間。
玲香が張っている結界に反応があった。悍ましく強大な魔力の気配であり、それに玲香は覚えがあるものだった。
その魔力は数時間前にも感知したもので、ちょうど思い悩んでいた相手であった。
急いで外に飛び出すと、包囲網の上空を飛びまわる一匹の『鴉』の姿が。それはまるで飛ぶことができない人間を嘲笑っているかのようだ。
(……『鴉』が戻ってきた!? 何を考えているのよ……!? でも、これは都合が良いわ。『古城』に戻ろうとしているのであれば、探し出す必要はない。ここで、私が倒せば良いわ。
運が良いことに、私の白魔法は他の『古城』のモンスターに効果があった。あの『鴉』にも効くはず。
倒せなくても、他の人が来るまでこの場に留め続けて弱らせれば、協力して倒すことも可能だと思う。『古城』の攻略にも一歩近づくはずよ!)
そう決心を固めた玲香は、上空を舞う『鴉』を指さし大声を上げた。
「――探索者の皆さん! 『古城』からモンスターが一体現れました! まだ先ほどの戦闘での疲労が残っていると思いますが、力を貸してください!」
突然の玲香の呼びかけに探索者達は困惑しながらも、それは一瞬。全員が上を目上げて『鴉』を――敵の姿を視認した。
その視認を受けて『鴉』は高度を下げて、その場にいる全ての人間を見回し、その視線が玲香に固定された。
『鴉』の黒塗りの瞳が玲香を捉える。玲香に意識がいっていた『鴉』の背後。そこには跳躍し、勢いをつけて強襲しようとした一人の探索者の姿があった。
しかし『鴉』は玲香から視線を外すと、緩慢な動作で自分に奇襲を仕掛ける探索者を見やる。
そして『鴉』は人とは異なる声帯、口の構造で、はっきりと人の言葉を紡ぐ。
「――『眷属招来・地獄の防人』」
それは魔法の発動を意味する言葉であり、愚かにも『鴉』に攻撃を仕掛けた探索者の最期を告げる言葉でもあった。
『鴉』と探索者の間に一体のモンスターが姿を現し、その手に持つ棍棒を探索者の体に叩きつけた。
「ぐえっ――」
潰れた蛙のような汚い声を上げて、探索者は元いた方向へ吹っ飛ばされる。生死を確認している余裕はない。
その瞬間。玲香を含めて、この場にいる全員が本能的に理解した。
自分達が相対している相手は、決して手を出してはいけない類のものであると。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます