第16話 目撃

「ふう……憂さ晴らしも済んだかな」



 総勢十名程の人間に奇襲を受けたが、問題なく撃退することができた。



 初手を相手側に譲り、返しの手で九人を無力化させ、私に向かって散々な口を利いてくれたリーダー格らしき男にはしっかりとお灸を据えてやった。



 その方法はさっきの宣言通り。死なない程度に、軽く素手や蹴りで痛みつけてやることだった。

 次いでに手加減の練習もできて、一石二鳥だ。



 一通りが済んで気が晴れた私は、掴んでいた男を放り捨てる。その直前に『ヒール』で最低限の傷だけ癒しておく。

 アフターケアもばっちり。我ながら完璧だ。



「次からは喧嘩を売る相手は考えた方が良いよ? 一応これ、善意からの忠告」



 最後に地面に伸びている男にそう吐き捨てるが、気絶しているので意味はなさそうだが。

 一段落した所で周囲の状況を確認する。それなりに騒がしくしていたが、通行人や民家の住人が異変に気づいた様子は見られない。

 襲撃者達は奇襲を仕掛ける前に、周囲の人間に認識されにくくなる魔法でも使っていたようだ。

 お陰でちょっとした破壊跡を除けば、平穏な日常の風景そのもの。余計な騒ぎを起こすようなヘマは避けられた。私が習得している魔法には、そういった類のものはなかったので、その点だけは感謝しておく。



 しかし後処理はどうするべきか。襲撃者達は全員気を失っている為、彼らが襲ってきた理由やこの世界の詳しい情勢などの追加の情報を得ようと思ったら、『悪魔城』まで持って帰る必要がある。

 けれど行きの時とは違い、注意を引いてくれるような陽動はいない。

 また魔法で召喚しても良いが、これ以上は相手を無駄に刺激するだけだ。ただでさえ、私の存在が把握されているのであれば、余計なお荷物を抱えて行動するのは得策ではない。

 襲撃者達はこの場に捨て置くのが最善だろう。



 そろそろ襲撃者達が張った認識阻害の結界の効果が切れる。その前に伏兵がいないことを良く確認した後、再び鴉に変化しようとした時。

 下から自分を見上げる視線に気づく。



 学校指定の鞄を肩にかけていたブレザー服姿の一人の少女と目が合った。

 そういえば、既に日は大分傾いている。女子高生が下校していても不思議ではない。

 いや、そうではなくて。

 その女子高生が認識阻害の結界の効果を無視して、私を視認できたのか。

 それも気になるが、今考えることはそれでもない。



 私を驚いた顔で見上げてきた少女の顔を、私は――『俺』は良く知っている。

 少女は私を見上げたまま、何かを口走ろうとしていた。多少距離があるとはいえ、『大悪魔』としての人間離れした聴覚であれば、その言葉を一字一句漏らさずに拾うこともできるだろう。

 無意識の内に意識が聴覚に集中しようとした所で、辺りで悲鳴が上がった。



 不味い。どうやら少女に気を取られている間に、結界がその役割を終えてしまったらしい。何ともタイミングが悪い所で。

 いや、むしろ術者が気絶して時間が経過している割に良く保った方だろう。



 他の通行人達が、そこらに無造作に投げ捨てられている襲撃者達の存在に気づく。

 混乱している者が一定数いるものの、日常のすぐ傍に『ダンジョン』という不可思議の塊があることが関係しているのか、何人かは冷静に倒れている襲撃者達に近づき脈を計ったり、下手人を探そうとしていて警戒の視線を辺りを見回している。

 その何人かは探索者という存在だろうか。ある程度、荒事に慣れている様子が見受けられる。



 その内の一人が家の屋根の上で佇む私と、その足元で気絶している男の間を視線が行き来する。

 それだけで状況を把握したのか、その人間が大声で叫ぶ。



「探索者同士での小競り合いだ! そこのお嬢さん! もう大丈夫だ! 大人しく、そこで待ってもらえるかな!? すぐに行くから」 



 どうやら、その人間は勘違いをしてくれたらしい。怪しい黒一色のローブ姿の集団と、幼い少女の外見をした私。

 既に気絶済みとはいえ、傍から見ればどちらに非があるかと判断するかは明らかだろう。

 この時ばかりは、この見た目に設定した過去の自分に感謝する。

 そして襲撃者達とは違い、今の私を人間以外の何かと断定できる者がいないことが分かる。有り難いことだ。



 常識的に基づき彼は、被害者である私が襲撃者達を撃退した。そう思ったのだろう。

 魔法がある世界観なのだ。幼気な少女が、大の大人の数人程度を返り討ちにする事例もあるのだろう。多分。



 この状況はよろしくない。後ろめたいことばかりの私にとって、事情聴取や保護など絶対に避けたい。

 全力でこの場から退避すべきだ。

 しかし私の視線は先ほどから、例の少女に釘付けであった。



 そして何を血迷ったのか、私は『大悪魔』としての脚力を発揮して、少女の方に手を伸ばしてしまった。

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