第15話 噛ませ犬
未だに思考がまとまらないが、とりあえずの方針は決まった。突撃攻撃してきた者達に、少しだけやり返してやろうという心づもりだ。
しかしいくら腹ただしいとはいえ、この肉体になってからの初めての戦闘でもある。試運転こそ何回はしたが、相手や周囲への被害が最小限になることを忘れるつもりはない。
そもそもこの場所は実家の近くであり、なおさら気をつけて戦闘する必要がある。
意識して深呼吸をする。うん、多少は落ち着いた。
いくらか明瞭になった思考を回しつつ、襲撃者達を観察する。全員が不気味なぐらいに統一された黒一色のローブで全身を覆っている。
そのローブからは非常に強い魔力が感じられた。中々に強力な装備品であるという印象だ。
襲撃者達の総数は十。個々の力量がどれくらいなのかは、それを測定するような魔法を持っている訳ではないので不明。
私の偽装を見破り攻撃を仕掛けてくる手合いだ。最悪の場合、相手一人が私よりも強い可能性がある。
しかし一体どこで私の偽装がバレたのか。召喚した『悪魔』達による陽動も成功したはずだが。
もしかすると、『悪魔城』に展開されていた結界に他にも特別な効果でもあったのだろうか。探索者達が使っている魔法が、私や『門番』達の『モンスター・ハウス』に由来する魔法とは全く異なっているせいで、まだ知らぬ効果が結界に込められていたのかもしれない。
それとも『悪魔城』の方に異変があったのか。襲撃を受ける少し前ぐらいに『地獄の門・開門』で召喚した『悪魔』達は全滅したことは把握していたが、それ以外に目立ったことはない。
想定以外の強者の存在も確認できず、その後の侵攻もなく油断していた。まさか私の方に直接来るとは思わなかった。
そうあれこれ考えていると、襲撃者の内の一人――私に向かって攻撃してきた人物が口を開く。
「――まさか、人型に化けるとは。『聖女』からの報せを盗み聞きして、それっぽい奴をつけてみたが、正解のようだな」
どうやら私が鴉の姿から人型になったことに驚いているようだ。『聖女』という人物から、私の存在が洩れたらしい。
声の質からして、その人物は男性だった。続けて、私に向けて話しかけてくる。
「しかし人型のモンスターとは珍しい。お前、言葉が分かるか? あの『古城』から出てきたモンスターなら、できる限り生け捕りにしろというお達しでな。できれば大人しくしてくれると、助かるんだがな」
襲撃者の男の言い分があまりにも勝手なものだったので、冷静になりかけてきたのに、またカチンときてしまった。
「せっかくこっちが思い出に浸っていたのに、邪魔をされて苛々しているんだけど。それに加えて、私を捕まえるだって? 自分と相手の力量差も分からないのに、喧嘩を売れるだなんて、無知は罪だね。
それにさっきの攻撃は何? 遅すぎて止まって見えたんだけど。もしかしてあれが全力なら、悪いこと言わないから帰った方が良いよ。死にたくなかったらね」
アメリアやセフィロトを始めとした『門番』達に対する支配者ぶった口調でもなく、素の自分とも違う口調で思ったことをノータイムでまくし立てる。
客観的に見た今の自分って、本当に外見通りの子供ではないだろうか。
そんな風に他人事のように考えていたら、男の方も相当頭にきたようで、先ほどよりも苛立ちが籠もった声が向けられた。
「……見た目がどれだけ人間に近くても、モンスターはモンスターだな。捕まえたら、『ギルド』の上の連中に差し出す前に、しっかりと躾をしてやらないとなぁ。
お前達、死なない程度に甚振ってやれ」
男の指示を受けた他の襲撃者達は、一斉に私に向かって攻撃を仕掛けてくる。
その考えなしの行動で、一つの確信が持てた。この襲撃者達は強くないと。
よくよく考えれば、先ほどの火の玉には大した魔力が込められていなかった。現に着弾跡の被害はそうでもない。
偽装を見破ったからくりは不明だが、全体の戦力を合わせても中級悪魔程度だろう。
これなら魔法を使わず、『大悪魔』としての純粋なカンストステータスで圧倒できる。
襲撃者達の攻撃に対して、私は魔法を発動することなく無手で待ち構える。
そして一番最初に接触しそうになった人物を、素早く両手で掴むと軽く首を絞め気道を圧迫し抵抗力を奪う。
「ぐえっ」
蛙が潰れたような声に耳を貸さず、掴んだ人間を棍棒のように振り回し、残りの襲撃者達を吹っ飛ばした。
武器として扱った人間が死んでいないことを確認し、片手間に回復効果のある魔法『グレーターヒール』をかけた後、その辺に放り捨てる。
この間、時間にして僅か五秒程度。
まさか、本当に魔法の一つも使わずに片がつくとは。拍子抜けだ。
動きが遅くて、比喩抜きに止まって見える程度の相手しかいないらしい。
「なっ……!?」
リーダー格らしき男は間抜けな声を上げながら、呆然と宙を舞う仲間達の姿を見ていることしかできなかった。
そんな無様な男の様子を、私は精一杯に『大悪魔』らしく嘲笑ってやる。
「あれだけ大口を叩いたのに、この程度? さっきの言葉、そっくりそのまま返して上げようか? 死なない程度に甚振って上げる」
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