第14話 ようやく帰省と思いきや?

 ――場所は『悪魔城』、第一階層『堕落のエントランスホール』。

 そこの『門番』である『堕天使』セフィロトは、砂嵐状態で碌な映像が見られない『遠見の水晶』を、必死に目を凝らしながら見ていた。



 『遠見の水晶』に映し出されている光景は、『レッサー・デーモン』や『ヘル・ハウンド』に、『インプ』で構成されたモンスターの集団が武器を持った人間達と戦闘を行っている場面であった。

 いや正確に言えば、戦闘をしているというのには語弊がある。もちろん人間側にとっては全力で命懸けだろうが、モンスター達はそうでもない。

 召喚主であるリリスの意向により、手加減をした状態で相手をしている。



「しかし、弱すぎじゃない? あの程度の集団だったら、もう少しモンスターの数を増して圧殺すれば良いのに」

「セフィロト。リリス様の仰られたことを忘れていませんか? 今回の戦闘はあくまでも陽動。リリス様が気づかれずに、結界の外に行けている時点でこちらの思惑は達成されています。無駄に人間達は殺す必要ありません。リリス様からも、絶対に殺すなと厳命されています」

「リリス様のお言葉を忘れるはずがないじゃない。ちょっと疑問に思っただけだよ、アメリア」



 セフィロトの隣で一緒に『遠見の水晶』を覗き込んでいるのは、ロングスカートのメイド服を着込んだ金髪の少女――アメリアだ。

 並んで『遠見の水晶』を見つめる姿は、仲の良い姉妹のようにも見える。

 アメリアは咎めるような口調でセフィロトに言い、セフィロトは否定をしながらも同意を求めようとした。



「でも貴女も疑問に思うでしょ? リリス様が必要以上に外の人間達を警戒するのを。私達の内、一人でも本気で出せば――いえ、配下の高位悪魔や堕天使を送り込めば、一分もかからずに殲滅できる程度の人間しかいないのに」

「でも、今『悪魔城』を覆っている結界には、『遠見の水晶』やリリス様の『テレポート』を妨害する程の力が込められていることから、少なくともそれぐらいの力量を持つ相手がいるのは明らか。

 見知らぬ土地で姿の見えない強者を警戒するのは当然です。ただ、外の調査を自らされているのが凄く心配でなりません。

 リリス様が強いことは理解していますが……」



 不安そうに顔を歪めるアメリアに対して、セフィロトはそれを和らげるような言葉をかける。



「それこそ心配はいらないでしょ? リリス様がそう判断されたのなら、私達は全力で従う。いつも貴女が言っていることじゃない。

 私達が命じられたのは、万が一『悪魔城』に侵入してくるような愚か者がいたら、死なない程度に甚振って締め出せば良いのよ」

「……それもそうですね。主を信じるのも、できる従者としての務めですから」



 二人の『門番』は、もしもの時に備えて『遠見の水晶』で戦況を見守り続けた。



「そう言えば、どうして玉座の間の『門番』の貴女がここにいるの?」

「え? リリス様がいないと、暇ですから」

「ええ……」





「やっぱり早いな。普通の鴉だったら、もっと時間がかかるだろうに」



 独り言を呟きながら、空中を舞う一匹の鴉。もちろん私である。

 世界に起きた異変――正確に言えば、私の記憶との相違についてはある程度把握できた。

 そして現在は当初の目的である、家族の安否と『リリス』になる前の私を家族が覚えているのかを確認を果たす為に、実家への帰省をしている最中だ。



 今の所道中は一つの問題もなく、後数十分程度で実家に到着しそうである。

 空の上から眺める景色は素晴らしいものであるが、不規則に点在する『ダンジョン』の存在が目につく。



「これが済んで『悪魔城』に戻ったら、一度適当な『ダンジョン』に行くべきかな? 何かヒントでも得られるかもしれないし」



 そう今後の予定を片手間に立てていると、私の視線の先には懐かしの我が家の姿が映る。それと同時に、脳裏には無数の思い出が過る。

 記憶にある実家の姿と、何ら遜色ない。



「ようやく帰ってこれた……」



 消え入るような声で呟く。さっきから人語で喋っているが、一目見ただけではただの鴉だ。バレる恐れはないだろう。

 今はゆっくりと感傷に浸っていたい。



 ――しかしそんな私の思いは、第三者の手によってあっけなく崩れ去ることになった。



 実家近くの民家の屋根で羽を休ませている私に向かって、巨大な火の玉が飛来してきた。



「――え?」



 着弾する一瞬で変化を解除。姿を人型に戻し、危うげなく火の玉を回避する。武器である杖を構えながら、火の玉が飛んできた方向に視線をやる。



 黒一色のローブに身を包んだ人物がいた。それも複数。全員が肌の露出が一切ないせいで、襲撃者それぞれの性別すら分からない。



 まあ、それはどうでも良いだろう。

 肝心なのは、彼らが私に向かって害意を持って攻撃を仕掛けてきたことだ。

 多少やり返した所で問題ないだろう。



 だって思い出に浸っていた所に水を刺されて、酷く気分を害されたのだ。非常に不愉快である。

 ――違和感。肉体が変化したことで、感情のコントロールが上手く働かない。これでは、つまらないことで癇癪を起こす子供ではないか。



 ――こういう時に、一番適した行動は。



「――苛々する。少しだけ暴れてやる」



 ――周りに当たることだ。後のことは後に考えるとしよう。

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