第12話 地獄の門・開門(裏側)

 現在私は『悪魔城』から、体を鴉に変化させた上で誰にも気づかれることなく脱出していた。    この『悪魔』系統のモンスターが共通で持つ能力で、外見を悪魔に関連する動物のものに変貌させることができる。



(『テレポート』が使えれば、こんなに派手な魔法を使わなくても良かったんだけどな……)



 内心で愚痴る。

 転移魔法『テレポート』は一度でも行ったことがある場所、目視できる範囲であれば、どれだけの距離があったとしても一瞬の内に移動が可能とする。

 と言っても、距離に比例して消費する魔力が多くなるので、そううまい話ばかりではないのだが。

 それでも、そのデメリットを差し引いても非常に有用な魔法である。



 しかしそんな便利な魔法でも、『悪魔城』から外に転移することはできなかった。

 『テレポート』の発動条件である『一度でも訪れたことのある場所』に、当然ながら実家は該当している。

 試そうとした時は感覚として成功するはずだった。けれど魔法が発動しようとした瞬間に、その発動は中断されて魔力が無駄に消費された。数回繰り返してみても、同じ結果に終わり、『遠見の水晶』のように何者かに妨害を受けているという結論に至った。

 だけど、リリス《私》の魔法発動を妨害できるとは、相当な実力者がいることは確定した。

 今後はより慎重に行動するべきだろう。



 それで目立つことや相手側に犠牲者が出る可能性、こちらの想定を超える強者による報復。色んな事態を想定しつつも、私が切れる手札では一番穏便な手段があれしかなかったのだ。



 リリス《私》の持つ五つの切り札の内の一つ。魔法『地獄の門・開門』。

 物騒な名前の通りに、その効果は物騒そのもの。習得難易度自体は低く、下級の『悪魔』系統のモンスターでも扱うことは可能だ。

 地獄に通ずる『門』或いは『扉』を創造し、その中から『悪魔』系統のモンスターが無尽蔵に湧き続けるという代物。

 始めこそは『レッサー・デーモン』や、猟犬に似た外見の『ヘル・ハウンド』に、『レッサー・デーモン』をさらに小さくした見た目の『インプ』のような下級『悪魔』しか出てこない。

 しかし『悪魔』達が出てくる『門』或いは『扉』は『大悪魔』以外の者が行使すると、術者の魔力・体力が尽きるまで半永久的に展開されるという危険性もある。

 そのデメリットは『大悪魔』の私には関係ないが、『地獄の門・開門』はその展開時間が長ければ長いほどに召喚される『悪魔』が強力になっていくという特性がメインとなる。



 もちろん今回の運用はあくまでも監視の目を一時的に誤魔化す為だけに使うので、発動するだけでもゆっくりと時間をかける。

 相手側が混乱から立ち直り、準備を整えるだけの時間を与えた。

 その上で『地獄の門・開門』は発動直後に、効果を打ち切る。そうすることで、下級『悪魔』を三十体だけを呼び出すのに留まった。

 まだ不安があったので、召喚したモンスター達には死人や重傷者を出すなとは、魔力的な繋がりを通して厳命しておいた。



 この繋がりのことを初日の際に思いついていれば、もう少しは状況はマシだったかと考えるが、時すでに遅し。

 (自分や可能な限りに相手の)命を大事に慎重に行くつもりだ。



(しかし……直接見ると凄くリアルだな。うわっ、血があんなに。痛そう……)



 鴉に変化した体で優雅に空中を飛び回り、視線を真下にやる。私が呼び出しモンスター達は全力で威嚇だけをし、自分達の方から仕掛けることは決してない。向けられる攻撃を雑に捌くことに専念している。

 一方の人間側は、その誰もが決死の覚悟を持って挑んでいた。さながら映画のワンシーンだ。迫力満点である。



 とりあえず懸念していた想定外の強者の存在はなさそうで、モンスター側の元々の強さや配慮もあり死人が出ることもないだろう。

 と言っても、時間がかかればどのようなハプニングが起きるかは分からない。

 観戦はそこそこに、手っ取り早く用事を済ませるとしよう。



 まずはついこの間まで勤めていた会社だ。本当であれば、実家の方に真っ先に向かいたい所であるが、ここからだと県を二つほどまたぐ必要があるので、最初は近場からだ。

 鴉の体を何の違和感なく操り、風に乗って移動を開始した。





 移動をすること十分程度。私は目的地である『■■株式会社』の屋上で、文字通り羽を休めていた。

 『悪魔城』一帯を囲うような結界――恐らく『遠見の水晶』や『テレポート』を阻害しているやつ――も、物理的な移動には全く影響がなかった。

 存在も気取られずに、ここまで来ることに成功したのだが、この僅かな移動距離でも多くの異常が発見できた。



 私の『悪魔城』のように世界観をガン無視した違法建築物が多数存在し、それらに出入りする武装した人間達の姿。

 しかもその表情に浮かべているのは、現在『悪魔城』の付近で決死の攻防(人間視点)を繰り広げている者達とは違い、自然体そのもの。

 まるで、それらの存在が当たり前であるかのように。



 また無数の違法建築物の外観は様々で、ピラミッドのようなものもあれば、異様に巨大な地下迷宮のようなものがある。



 私の記憶が正しければ、違法建築物や武器を持つ人間の存在などあるはずもない。

 違法建築物のせいで、本来そこにあったはずの建物が物理的に消失している。

 訳が分からない。幸い私の勤めていた会社は変わらず、そこにあったが肝心の私の席はあるのだろうか。

 この先全ての異変が片付き、無事に人間に戻れたとしても、食い扶持を稼ぐ手段がなければ意味はない。



 鴉の体のままでは屋内に入れないので、別の動物に変化させる。黒猫だ。どちらによ違和感はあるが、鴉よりはマシなはず。

 そう思い、少しだけ開いていた扉の隙間を潜り会社に潜入した。



 ――その結果。



「私の席がない……?」



 ――私の席どころか、存在そのものが会社から抹消されていた。




 



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