第7話 認識のズレ

「……申し訳ありません。私が先走って行動したばかりに、リリス様にご迷惑をかけまして」

「うん、まあ……セフィロトも『門番』としての役割を果たそうとしてくれただけだから、別に謝る必要はない。むしろ率先して君に連絡するべきだった。私のミスだから、許してほしい」



 不本意ながら『レッサー・デビル』達を見送る羽目になった後、外部との初コミュニケーションが失敗に終わった絶望から時間をかけて再起動。

 謝罪の言葉を告げてくる三対の黒翼が印象的な白髪の女性――セフィロトに、気にする必要がないと念押しする。

 実際今回の件で非があるのは、私である。

 外部と接触する可能性が最もあるセフィロトに、一番最初に連絡をしなかったのは失念だった。



 だが、全くの収穫がなかった訳ではない。

 アメリア以外のNPCも自我を持ち、自己判断で侵入者を迎撃しようとしてくれた。まだ確定した訳ではないが、リリス《私》に対する忠誠心もあるようだ。

 これなら他のNPC達も同じような感じだろう。



 それに先ほどの侵入者達の脅威度を少し下げても良いかもしれない。『悪魔城』の主として、『門番』を含めた配下達の居場所や生体反応の有無を、大体ではあるが把握が可能になっていた。

 もちろん拠点内を徘徊している自動湧きモンスターの一種である『レッサー・デビル』も例外はなく、未だに健在のようだ。

 外部に解き放たれた『レッサー・デビル』だが、自動湧きする類のモンスターである為、お世辞にも強いとは言えない。

 と言うか、『悪魔城』の中では一番の雑魚である。

 扉を閉める際に聞いた悲鳴と、倒されていない事実。これらを考えると、侵入者達の実力は警戒に値するものではなさそうだ。



 しかし依然として慎重に行動すべきだろう。私自身に起きた異変だけではなく、自我を持ったNPC達に銃刀法違反の前時代的な武装集団。

 原因が分からないことは山程あるからだ。



 私が意識を失ってから何か異常があったかどうかを、セフィロトに尋ねようとした瞬間。セフィロトの傍に霧が立ち込め、一瞬にして人型に収束。金髪の吸血鬼メイドのアメリアが姿を現した。



 私は表情筋が動かない程度には驚いたが、セフィロトはアメリアの出現に動じた様子は見られない。

 姿を現すと同時に、アメリアは私に向きかしこまり口を開く。



「――リリス様。私とセフィロトを除き、全ての『門番』が玉座の間に集合致しました」

「うん。ご苦労さま。ちょうど良いから、三人で一緒に行こうかな」

「い、いいえ! 自分達の足で向かいますので、リリス様のお手を煩わせる訳にはいきません!」

「そうです! アメリアの言う通りです。私達のことは気にしないで大丈夫です!」

「そうか……」



 短く礼を告げると、誘いの提案をしてみる。しかしアメリアとセフィロトは二人揃って、首を横に振ってきた。

 ただ何となく一緒に行こうと誘っただけなのだが、美人二人にあそこまで必死に拒否されると少し心が傷ついてしまう。元男としてはね。



「――『テレポート』」



 若干テンションの下がった声で、転移魔法『テレポート』を発動し玉座の間へと向かった。





「ふう……行かれましたか。しかし、いきなり一緒に行こうと仰るなんて、リリス様も人が悪い。心の準備ができていないのに」



 主であるリリスが『テレポート』でその場から立ち去った後、アメリアは大きく息を吐いた。そんな彼女の顔は少し赤くなっている。その表情は、まるで恋する乙女のようにも、神を信奉する聖女のようにも見えた。

 そして疑うまでもなく、その対象はリリスだろう。アメリアの心情として、忠誠を超える『何か』を向ける相手の傍にいれることは死ぬほど嬉しいが、突然言われると反射的に断ってしまった。



 しかしリリス本人がいれば、疑問を抱くはずだ。どうして元々ゲームが趣味なだけのサラリーマンが好かれて、これだけの忠誠を向けられるのか。

 リリスの認識では自我を持つアメリア達とは初対面に近い感覚でいる。だがNPCの彼女達にとっては長い時間をリリスに仕えてきたものになっている。

 ゲーム内では、『悪魔城』が築かれて今日に至るまで何百年という膨大な時間が経過していて、リリスがそれを知らなければ当人達の間にある認知の溝は決して埋まることはない。

 もしかすると、そのすれ違いは何れ致命的な破綻に繋がるかもしれないが、リリスも含めて誰も知る由はない。



 アメリアの隣にいた第一階層『堕落のエントランスホール』の『門番』――『堕天使』セフィロトは、そのままの姿勢で彼女に声をかける。



「私は別に一人でも向かっても構わないけど、貴女はリリス様と一緒に行かなくて良かったの?」

「私情を優先する訳にはいきませんから。でも今『悪魔城』を取り巻く異変が全て片付いたら、不敬ですけど私の方からお誘いしてみるも良いでしょうか?」

「私は応援してるよ。まあ、他の『門番』が何て言うか分からないけど」

「ありがとうございます、セフィロト。……では、私達も玉座の間に向かいましょう。リリス様をこれ以上待たせる訳にはいかないので」

「了解。じゃあ、手を握ってくれる? 離さないでよ。――『テレポート』」 



 こうしてリリスに次いで、アメリアとセフィロトの姿も『堕落のエントランスホール』から消えていった。

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