第6話 ファーストコンタクト失敗
「――は?」
探索者の一人から間抜けな声が溢れる。
それは仕方がないだろう。日々『ダンジョン』に潜り、モンスター相手に命のやり取りをしていると言っても、隣にいる人間の首がいきなり吹っ飛べば混乱するのも当たり前だ。
その滅多に経験し得ない光景に、探索者の中でも中堅以上に位置するはずの彼らの思考は一時的に停止していた。
それでもこの不可解な現象の原因を探ろうと、何人かの探索者達は視線だけでも動かそうとする。
そして未だに鈍い思考の中で、仲間を殺した『モノ』の正体を理解した。
答えは単純だ。モンスターである。
『ダンジョン』に足を踏み入れようとして、内部から出てきた数体のモンスターにより、不意打ちを受けて同数の探索者達の首が物理的にもがれた。
ただそれだけのことであった。
犠牲者達の首をまるで玩具の如く弄んでいるのは、数体の醜い赤ん坊のような異形。背中に生えた小さい羽を羽ばたかせて、その醜悪な顔を無邪気に歪めていた。
その異形達は飽きたように手に持っていた首を放り捨てると、次なる標的を求めて探索者達に視線を向ける。
「……何なんだ、このモンスターは? 新種か?」
「そんなことは今はどうでも良い!? 早く構えろ!?」
極稀にとはいえ、『ダンジョン』が場所を選ばずに生えてきて、そこから未確認のモンスターが発見されるのは珍しくない。
新種のモンスターへの対策が確立されるまでに、無駄に死者が増え続けるのもよくあることだ。
だから今回もその例に洩れず、残りの探索者達は、この醜悪な赤ん坊にも似たモンスターの初の犠牲者に名を連ねることになるだろう。
一人の探索者の声により、慌てて各々が武器を構え直す。しかし一度抱いてしまった死への恐怖を誤魔化すことはできず、武器を構える両手や足は震えていた。
残りの探索者達の視線は、目の前のモンスター達に釘付けになっていて気づかなかったが、半分程開け放たれていた鉄の扉は独りでに閉まっていた。
「くそっ!? このままでは全滅だ!?」
「逃げろ!?」
倍差がついた状態で開始されたモンスターと探索者達との戦闘は、長くは続かなかった。
一人、また一人と数を減らしていく中、五人までに減ってしまった探索者達は武器を放り捨てて、『ダンジョン』周辺を隔離している境界線まで退避した。
もちろんせっかく生きの良い玩具候補をモンスター達が逃がすはずもなく、不快な音を立てながら追いかけようとする。
境界線付近では混乱が起きており、そのモンスター達に満足な対処をすることができず、野次馬を巻き込みつつ被害は拡大し、応援で呼ばれた高位の探索者達によって、討伐されるまで犠牲者の数は増え続けた。
幸いなことに、それ以降件の『ダンジョン』からモンスターが出てくることはなかった。しかしそれが逆に、かえって不気味な印象を人々に抱かせることになる。
そして政府や『ギルド』により、例の『ダンジョン』――仮称『古城』には不干渉が国内外の探索者達に広く通達されて、厳重な監視体制が敷かれることになった。
■
転移魔法『テレポート』を使い、私は『悪魔城』の第一階層にあたる異空間――『堕落のエントランスホール』にやって来ていた。
――『堕落のエントランスホール』。『悪魔城』への侵入者を一番始めに出迎えになるこの空間は、『エントランスホールホーム』という名称に恥じない、立派な西洋風の城の外観にピッタリな様相になっている。
ただし広さは元の外観からは考えられない程の規模であるが、それは他の階層にも当てはまる為あまり関係ない。
また『堕落』と銘打っているが、ギミックとして落とし穴のような罠は設置されていない。ここの『門番』の種族が『堕天使』であることが由来する。
複雑なギミックは存在せず、あるのは一種類のシンプルな罠。それは所々の床に設置された不可視の魔法陣。侵入者が踏むことにより込められた魔法が発動し、悪魔系統のモンスターが多数召喚される。
このギミックが導入された経緯として、この『堕落のエントランスホール』では侵入者の戦力を削る。そういう狙いがあったからだ。
実際にゲーム時代でも不意に侵入してきた野良のモンスターや数人程度の冒険者は、ここで命を落としていて、その効果を遺憾なく発揮していた。
ここに私が訪れた目的は、直前に『遠見の水晶』で見ていた悲劇の前触れを阻止することであった。
正体不明の武装集団が、この『悪魔城』に侵入しようとしていた。
まだ異変の全貌を把握できていない為、外部との不用意な敵対行動は慎みたい。その思いで、他の『門番』を召集しに向かったアメリアを待たずに自ら訪れたのだが、一足遅かったようだ。
『テレポート』の効果が終了し、私が目を開けるとそこは暗い雰囲気ながらも趣きのあり、広大な空間を誇るエントランスホールであった。
既に正面の鉄門は半分程開かれていて、その隙間から人間の赤ん坊から可愛らしさを削ぎ落とした異形――悪魔系統のモンスター『レッサー・デビル』が十数体が外に出ていこうとする。
それを笑顔で見送っていたのは、漆黒の三対の翼が目立つ高身長の白髪の女性だった。
「――『レッサー・デビル』達。我らが主の居城に足を踏み入れんとする愚かな人間達に裁きを――」
「――ちょっと! それは待って!?」
「――え!? リリス様!?」
『レッサー・デビル』が外に出るのを阻止する為に、大きい声で静止の言葉を慌てて紡ぐ。それに反応して、白髪の女性――第一階層『門番』の『堕天使』セフィロトは、私の存在に気づき焦ったような声を出す。
しかし無情にも『レッサー・デビル』達は外界に進出し、その直後には悲鳴が何重にもなり聞こえてきた。
「あ……」
「えーと……リリス様? 大丈夫ですか?」
足を止めて呆然とする私に、セフィロトが心配そうに尋ねてくる。
「あはは……」
乾いた笑い声が虚しく響く。
支配者としての威厳を取り繕う気力もなく、項垂れる。
致命的に外部とのファーストコンタクトに失敗してしまったような気がする。
これ以上の被害を出さない為に、入り口の鉄門をそっと閉じる。
まあ、外に出たと言っても『悪魔城』の中では立ち位置的にスライムのようなものだ。簡単に討伐されるはずだ。多分。
それが儚い願いだと知るのは、もう少し後の話だった。
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