第5話 地獄の始まり
一体いつからこの国は、武装が法律で許されるようになったのか。それに銃火器のような近代的な武器の類を持っている者はおらず、剣や槍、弓といった前時代的な武器しか見当たらない。
確かに突如として出現した正体不明な建造物――もちろん『悪魔城』のことだ――を警戒し、一般人が不用意に近づくことがないように、国の組織が動くことは予想していたが、いきなり武力行使をされそうになるとは想定していなかった。
どうやら周辺住民の避難も完了しているようで、突入準備は万端。そんな所だろうか。
武装している人間達は、今にも『悪魔城』に足を踏み入れようとしている。彼らの厳しい顔つきからして、人外の集団である自分達は討伐対象にされる可能性が高い。
このまま座して見ていれば、無駄に屍の山が築かれてしまうだろう。
――もちろん侵入者達のであるが。
彼らがどのような集団で、自分を含めて世界にどんな変化が起きているのか全く分からない。
しかし、私は『悪魔城』の堅牢さは誰よりも知っている。たかだかあの程度の人数に敗れるはずがない。
むしろ未だに異変の全貌を掴めていない状況で、徒に敵を増やしたくはない。
第一階層にあたる異空間に配置したNPC――『門番』と設置した罠やギミックの数々について思い起こす。どんな性格になっているか分からないが、間違いなく第一階層すら乗り越えられず人間達の集団は全滅してしまう。
急がなければ。
床から立ち上がると、目を閉じて意識を集中する。それから数秒もかからずに、私はとある現象を成立させる。
「これが魔力か……」
現実となったリリス《私》の肉体は、さも呼吸するかのように、内側に眠る力――魔力の存在を知覚し、体外に放出される。
そして脳内には、リリス《私》が使用可能な『モンスター・ハウス』内の魔法が、ずらりと浮かんできた。その中から、一番今の自分が必要としている魔法――長距離を移動する為の魔法『テレポート』を発動した。
「――『テレポート』」
魔力が消費される感覚の後に、私の体は玉座の間から消失した。
■
――世界に『ダンジョン』なる迷宮が現れるようになって幾数年。明らかに現実離れした『ダンジョン』や、そこから産まれ落ちる異形――『モンスター』。それらを狩り人々の安全を守るだけではなく、『ダンジョン』内の財宝を求めて一攫千金を狙う勇敢な――或いは愚かな『探索者』と呼ばれる人間達の存在が当たり前になった現代社会。
『ダンジョン』から齎されたのは、『モンスター』という脅威だけではなく、様々な恩恵を与えた。
その内の一つが魔法。それまでは創作でしかあり得なかった現象が、一個人で簡単に為せるようになった。
手から火の玉を放ったり、雷を降らせたり、超人的な身体能力を発揮したりと。
もちろん個人ごとに才能による差はあるが、画期的で人類は一段階上のステージに至ったのだ。
ただしうまい話には必ず裏がある。
『ダンジョン』なる迷宮は今でこそ世界中至る所に点在し、それぞれの国によって管理され、『モンスター』が溢れ出ないように探索者を派遣して間引きを行っている。
中には一般向けに開放されている『ダンジョン』あり、そんな『ダンジョン』の数は少なくない。
決して安全とは言えないが、ほぼ一般人の探索者達には人気で自然とモンスターは間引かれている。討伐したモンスターの部位や『ダンジョン』から得たアイテムは、『ギルド』なる組織が運営している所に持って行けば、現金に換金が可能になっている。
これが政府に属していない探索者達の数が減らない一因に間違いないだろう。
しかし今とは違い『ダンジョン』が現れた当初は、混乱の極みであった。『ギルド』のような組織はなく、政府の対応も消極的だった。
また、それまで何もなかった空間を塗り替えるように『ダンジョン』は出現する。人や動物に建造物があったとしても、お構いなしに。
そしてこの現象は近年ではほぼ確認されていないが、全くない訳ではない。
――日本のとある都市の住宅街の一角で、『ダンジョン』の発生が確認された。
その『ダンジョン』の外観は、西洋風の古城。しかし他の『ダンジョン』と比較しても異質な程に、禍々しい魔力が垂れ流されている。
それこそ魔力が少ない、或いは全くない者が数分でも当たられると、体に深刻な被害を与える程度には危険なレベルであった。
政府はすぐさまに周辺住民の避難を完了させて、手の空いていた探索者達を召集。その数は十数人。
一般的な『ダンジョン』であれば、初見であっても十分に制圧可能な戦力。
だが、この場に集った全員が感じていた。この『ダンジョン』は何かが違うと。
「……では、開けるぞ」
「ああ」
「了解」
それが分からなくても、安全を維持する為には『ダンジョン』内の調査は必須。意を決して、硬い鉄の扉を開けた瞬間。
その内部の光景を拝むことなく、半数の探索者達の首が宙を舞った。
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