第3話 異常発覚
生きているかのように振る舞うアメリアに、彼女の瞳に映る『大悪魔』の『リリス』の姿。小さな体には不釣り合いな程に巨大な玉座に腰をかけている――いや乗せられている『リリス』は、俺が動く度に同じ反応を見せる。
嫌な考えが脳裏を過る。さっき冗談で今の状況がラノベみたいと表現したが、それは間違っていなかったのかもしれない。
これが夢でなければ、今俺はゲームの――『モンスター・ハウス』の世界に、ゲームのキャラクターの姿で転移、または転生してしまったことになる。
しかも単独ではなく、少なくともNPCの一人であるアメリアも一緒にだ。
試しに頬をつねってみても、自分を取り巻く状況に一切の変化はなかった。
そんな俺の奇行に、アメリアはその端正な顔を曇らせて、声をかけてきた。
「……リリス様。何か私に至らない点でもありましたか? もしもご不快に思われているのでしたら、遠慮なくこの首を刎ねて頂いても構いません」
アメリアの口から飛び出してきたのは、俺に対する謝罪と罰を求める言葉だった。
「えっと……」
困惑の感情が意味にならなくい言葉となり、アメリアを見つめるしかできない。俺と彼女は初対面であるはずなのだが、やたら重たい忠誠心が向けられていることは、鈍い俺でも何となくだが理解できた。
もしかすると、この状況が現実だとしてアメリアはゲーム時代での出来事を記憶として保持しているのかもしれない。そう考えれば、彼女の謎の忠誠心についても納得できる。
しかしそれが正しい場合、今の自分の対応は果たして正しいのだろうか。それまでの記憶や認識がどうなっているのか分からないが、アメリアから見れば目覚めた主人がまるで記憶喪失のような行動を繰り返す。
実際に記憶喪失ではなかったとしても、何か不興を買ったのかと判断し、先の発言が為されたのだろう。
忠誠心が高い理由も含めて全てが不明だが、このままアメリアを放置していたら、本当に自害してしまいそうだ。
今はアメリアの不安を取り除くことが先決だ。
自分でも驚く程に軽やかな動作で玉座から飛び降りると、硬い石の床にのめり込む程の勢いで土下座をするアメリアに近づく。
その過程で辺りを軽く見回してみると、自分がいる空間が嫌でも現実離れしたもの――『モンスター・ハウス』内での拠点に酷似した場所、或いはそのもの――であることを意識させられる。
陰鬱として退廃的ながらも、『大悪魔』である『リリス』が座すに相応しい玉座の間。そこで声を殺して泣き許しを請うアメリアの姿は、加虐心が刺激されそうになる。
それを表に出さないようにし、土下座をしているアメリアの体をそっと抱き起こす。
そして彼女の目を見つめながら、優しく声をかける。『リリス』であれば、臣下にはこう対応するだろうと頭に思い描きながら。
「――ごめん。ちょっと寝起きで混乱していた。まだ上手く状況が飲み込めていないが、良ければ色々と教えてもらえるかい? 認識に差があると困るから」
素の男口調ではなく、意識して話してみるが案外難しい。女言葉を自然に話すのは速攻で諦めて、俺ではなく私――今後のことを考えて見た目に合った『私』と一人称は改めることにしよう――は、できるだけ違和感のなさそうな感じで、アメリアに情報を求めた。
「……そ、そうなのですか? てっきり私はリリス様のご機嫌が悪く、私に愛想が尽きてしまったとばかりに」
「それは本当に悪かったよ。それで話してもらって良いかい?」
「……はい。その程度のことでよろしければ。元々リリス様に報告しなければならない火急の用件でしたので」
どうやら何とかアメリアは落ち着きを取り戻してくれたようだ。
我が拠点の最深部である玉座の間には、雑談に適した椅子や机の類はない。他の場所に移動するべきだろうが、一刻も早く現状を把握したい為、アメリアに申し訳ないがこの場で話してもらうとしよう。
アメリアが話し出す前に、私も床に座ろうとすると少し一悶着があったが、些事である為に割愛する。
しかし『火急の用件』とは一体何だろうか。
改めて聞く準備が整うと、アメリアは話し始める。
「昨晩リリス様が他の配下達を率いてダンジョンの制圧に行かれて、それから帰還された後。リリス様はこの玉座の間に来られたのですが、それから突然意識を失われてしまい、何度呼びかけてもお目覚めになられなかったのです。
けれど、本当に良かったです。意識が戻られまして……」
「そうか……」
恐らくアメリアが言う『突然意識がなくなる』の下りは、疲れて寝てしまったことだろう。
しかし妙である。NPCであるアメリアから見たら一大事のことかもしれないが、似たような事態はゲームを中断する度にあったはずだ。
取り立て騒ぐ程の内容ではない気がするが。
そう思っていると、アメリアは表情をより真剣なものにして、スカートのポケットからある物を取り戻した。
それには見覚えがある。『モンスター・ハウス』内のアイテムで、確か名称は『遠見の水晶』。
名前の通りに、遠くの場所を見ることができる便利アイテムだが、何故このタイミングで出したのだろうか。
よく『遠見の水晶』を見てみると、アイテムは既に起動していて、どこかの風景を映していた。
すぐに中心部に映る建造物が、我が拠点だということは理解できた。だが、周囲の建物は本来そこにあるべき類のものではなかった。
何故なら、それらは――。
私が『遠見の水晶』に映る光景から異常を感じ取ったことを察したアメリアは、神妙な面持ちで口を開く。
「……リリス様が意識を失われると同時に、我らの拠点――『悪魔城』は全く未知の土地に転移させられてしまったようなのです」
――ファンタジーな世界観には、全く不釣り合いな現代日本の住宅街であった。
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