第2話 吸血鬼メイド
「――様! 起きてください!?」
「――ふぇ?」
間抜けな声が口から溢れる。
瞬きを繰り返し、何度目を擦っても自分の顔を覗き込んでくる人物はいなくならない。
頬をつねってみても、効果はない。
どうやら今の状況は夢ではなく、現実のもののようだ。
そして今の状況を端的に言い表わすと以下の通りになるだろう。
朝起きたら、目の前に金髪美少女のメイドさんがいました。
どこのラノベのタイトルだろうか。さっきから俺に呼びかけ続いていた人物が、文字通りに金髪美少女メイドだから、そうとしか表現の仕様がない。
メイドさんとの顔が近過ぎて、どちらかが少しでも動いてしまうと唇が触れてしまいそうだ。
思わず赤面しそうになり、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「えっと……少し離れてもらって良いかな?」
「は、はい!? 申し訳ありません!?」
恐る恐る離れてもらうように声をかけると、メイドさんは俺が意識を取り戻していたことに驚いたのか、飛び跳ねるように後方に下がった。
何だ、さっきのメイドさんの動き。まるで人間離れしているような感じがした。
まあ、とりあえずメイドさんが離れてくれたので、深呼吸でもして気分を落ち着けるとしよう。
ふうー……。よし、深呼吸をしたことで、いくらか冷静な思考が戻ってきた。息を吸い込んだタイミングで、女性特有の何とも言えない甘い香りが、鼻腔を侵入してきたのは気のせいだろう。
今すべきことは状況を把握する為に、目の前のメイドさんとの会話を試みることだ。
早急に問題を解決しなければ、仕事に遅刻してしまう。朝っぱらから、上司に怒られるのはまっぴらごめんである。
「あのー……自分は自宅の部屋で寝ていたはずなんですが、ここは何処であるかお嬢さんは知っていますか?」
明らかに年下の少女だ。わざわざ俺を起こそうとしてくれていた所をみると、害意はないはず。
言葉を選び、できるだけ優しい口調でメイドさんに問いかける。
しかしそこで、俺は重大な違和感に気づく。
今メイドさんに話しかけた際に、俺の口から出てきた声。それは今までの自分のものとは、全く異なる声質だった。
気にする余裕はなかったが、よくよく思い返してみれば、先ほどから自分が出していたとは思えないような声である。
その声もどこかで聞いたことがある気がするだけではなく、メイドさんにも見覚えがあった。
油が切れかかった機械人形のような動きで首を動かし、メイドさんの全体像を視界に収める。
背中の中程まで伸ばされた、金色に輝く髪。美少女と言っても過言ではない程に整った
ミニスカートという派生ではなく、昔からの伝統的なロングスカートのメイド服を完璧に着こなす姿は、やはり既知のものであった。
メイドさんは、俺が『モンスター・ハウス』で拠点に配置しているNPCの中で、一番のお気に入りのキャラクターと瓜二つの容姿に、鈴の鳴るような声までそっくりだ。
「もしかして…君はアメリアなのか?」
アメリア・ヴァンピール。元はゲーム内通貨を消費して召喚した、ただの吸血鬼に過ぎなかった。しかしありったけのアイテムを用いて、自分が考える限りの吸血鬼らしい要素を詰め込んで『改造』した結果。彼女は誕生した。
彼女は俺が一番最初に拠点に配置したNPCであり、設定的には我が拠点の中で主である俺に次いで地位のNPCだ。メイド服は単なる趣味である。
ほぼ確信をしているが、念の為にメイドさんに名前の確認を行う。先の質問は今は横に置いておく。
俺の質問に対して、メイドさんは首を縦に振る。
「はい……私の名前はアメリアです。もしかしてお忘れになってしまったんですか?」
メイドさん――アメリアは震える声でそう聞き返してきた。不安に揺れる瞳で俺を見つめてくる。
無意識の内にアメリアの不安を解消しなければならないと思い、開きかけた口が止まる。
彼女の真紅の瞳に視線が釘付けになる。そこには現在の俺の姿が映っていて、先ほどから直視しないようにしていた現実を突きつけられたからだ。
小柄な黒髪黒目の少女――『モンスター・ハウス』内における俺の分身である『大悪魔』の『リリス』の姿があった。
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