第19話 殺し合い


 僕は初級ダンジョンに挑み、ボスと戦う。

 そして見事に、ダンジョンのボス『スライム・キング』を倒すことが出来た。


 スライム・キングが消滅した場所に、王冠とマントが残される。



 アイテムは、『王者のマント』と『覇者の冠』──

 ドロップアイテムだろう。


 僕はそれを、アイテムボックスに収納する。





 ゲーム世界でのこの二日間で、スライムの液体をそれぞれ、ブルー12個、レッド4個、イエロー5個、グリーン6個、グレー2個を手に入れている。


 ブイロ村に戻って売れば、かなりの金額になるだろう。



「戻るか……」 


 僕は太陽の位置を確認し、村の方角へと歩き出した。






 

 ボスを倒し、ダンジョンを攻略したので、『スライムの森』は消失した。


 冒険者を外に出さぬように、立ち込めていた霧が霧散している。

 これで、外へと脱出できるだろう。


 森を少し歩くと、草原に出ることが出来た。



 迷宮に入ってからの二日間、森の中をひたすら歩いていたので、外に出るにはもっと歩くことになるだろうと覚悟していた。


 ちょっと拍子抜けだ。



 拍子抜けしたが、ここは村の外だ。

 安全地帯ではない。


 魔物の徘徊する、危険な外の世界────


 僕は油断せずに進む。







「ぐぉぉおおらあっぁっぁああぁっぁあ!!!!!!!!」


 森から草原に出た僕の後ろから、裂帛の気合と共に襲撃者が攻撃を仕掛けてきた。


 僕は後ろからの奇襲攻撃を、装備していた盾で防ぐ。




 ガギィィィイイッ!!!

 短剣と盾がぶつかる音が響く────

 

 木の陰に隠れていたスズヨウさんの攻撃を、僕は冷静に防いだ。






 奇襲するなら叫んじゃダメでしょ。


 僕は攻撃を防ぎながらそう思ったが、叫んで気合を入れなければ攻撃できなかったのだろう。


 木の後ろに隠れていた彼の殺気は感じていたが、僕は気付かない振りをして黙殺していた。


 そのまま隠れていれば、見逃してあげるつもりだった。

 けれど彼は、どうしても僕を襲いたかったようだ。


 叫び声を上げて、自分を奮い立たせてまで……。


 そこまで、僕の事が憎かったのか…………。



 まあ、その攻撃は、僕があっさりと防いでしまったけれど────

 

 『スロウ』を使うまでもなかった。








 僕は攻撃してきたスズヨウさんを見つめる。


「どういうつもりですか、スズヨウさん────?」



 一応、理由を聞いておこう。


「……どうもこうもねぇ。────ただ気に入らねぇ、それだけだ。お前みたいな奴に、こき使われたことも、脅されて言いなりになってたことも……」



 ……。


「……そうですか」


 雑魚だと思って侮っていた相手が、意外な実力を示した。


 そんな時、人は、素直に『認識を改める』タイプと、『絶対に認めない』タイプに分かれる。


 スズヨウさんは後者だった。



 彼の中で、僕は『雑魚キャラ』だ。


 だから、僕は雑魚でなければならない。

 弱くてみっともない、そんな存在で居続けなければならない。


 人から見下されて、馬鹿にされる存在でなければならない。


 そうでなければ────



「ぶっ殺してやる……」


 スズヨウさんは短剣を構えて、僕を突き刺そうと再び突進してくる。









 僕は彼の短剣を狙って、ダークショットを撃った。


 ────ドウッ!!


 キィィイイイイインン!!!!!!

 



 スズヨウさんの短剣は弾かれて、森の中に消える。



「────少し、早いですが……目標だったダンジョン攻略も達成したことですし、パーティをここで解散しましょうか?」


 僕は左手を銃の形にして、彼に向けたまま、そう提案した。


 そして────


「それ以上近付くと、撃ちますよ────?」


 警告を与える。



 …………。


 ……。








 スズヨウさんは、まだこちらを睨んでいる。



「……やってみろよ?」


 そして、逆に僕を挑発してきた。



「何をですか────?」


「『殺してみろ』って言ってんだよ! やってみろよ、ほら! 殺れよ! 殺してみろ!! どうした? 出来ねーのか? カスッ! オラッ!! ……出来ねーなら、俺がお前の首を絞めて、殺してやる!!」



 スズヨウさんはそう言うと、こちらに向かって前進してくる。




 …………。

 

 ……僕には、人殺しは出来ない。


 彼はそう高を括っている。


 だからこれまで、態度の悪さを改めなかったのだろう。



 ────そして、開き直って接近してきた。





 

 


 彼の読みは半分正解で、半分間違っている。


 そう────

 僕は『人を殺したくない』と、思っている。


 それは正解だ。


 そして、僕の中ではこのゲーム世界の『NPC』も、人に含まれる。




 僕がこの世界の住民を殺したり、危害を加えた場合──

 ゲーム内で、どのようなペナルティが科せられるのか分からない。

 

 それが分からないまま、無暗に人を殺すような愚行をするわけにはいかない。


 

 それに僕は、日本で暮らすごく普通の中学二年生だ。

 人を殺したいと思わないし、人殺しになりたいとも思わない。

 

 だから、彼の読みは当たっている。

 半分は────






 スズヨウさんはノシノシと、怒りに肩を震わせて、僕に近寄ってくる。


 彼は大人で、僕は小柄な中学生だ。

 凌力の差は歴然としている。


 彼が宣言通りに僕の首を絞めれば、僕は死ぬだろう。




 僕たちは、お互いに丸腰だ。


 スズヨウさんの両手が。迫ってくる。

 僕は左手を銃の形にして彼に向けているが、何もしない。 



 ────まだ、我慢だ。

 

 スズヨウさんの両手が、僕の首にかかる。


 僕はそれに抵抗するように左手で彼の手首を押さえて、右手を振りかぶり彼に向けて拳を放つ。


 スズヨウさんは僕のパンチなど意に介さず、両手に力を込める。





 ────ここだ。


 僕は『スロウ』を発動する。



 時が止まったかのように、ゆっくりと流れる。


 僕が振りかぶって突き出した拳は、グーではなく、チョキの形をしていた。


 僕は突き出した右手の、人差し指と中指でスズヨウさんの両目を狙う。



 喧嘩慣れしていない僕が、咄嗟に仕掛けた攻撃で敵の急所を正確に捉えることはまず無理だ。けれど、一時停止して、狙いを付けることが出来れば……。


 

 僕の人差し指と中指が、正確に目標に向かう。






 力は彼の方が強いが、素早さは『俊敏』の数値を上昇させた僕の方が早い。


 狙いは正確、後は──── 


 僕はスロウを解除して、二本の指をスズヨウさんの目に突き刺した。



 首を締めようとする彼と、目を突こうとする僕……。


 動作は、僕の方が早い。



 僕の攻撃の懸念材料は『正確さ』だけで、それはスロウを使用したことで取り除くことが出来た。




「うぎゃっぁぁっぁぁっぁっぁあああああああ!!!!!!!!!」


 指で目を突かれた彼は、大声を上げながら地面を転げまわる。


 その声に引き寄せられるように、スライムが二匹現れた。




 迷宮は僕が攻略して、今は消滅している。


 ────だが、外にいたスライムは健在の様だ。



 出現した二匹のスライムは、スズヨウさんに狙いを定めて接近してくる。


 僕はそれを見て、逃げ出した。



 思えば、このゲーム世界で──

 僕が『逃げる』を選択したのは、初めてだな……。


 そんなことを考えながら、走って逃げた。

 

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