10戦闘

ばふ、ばふりと、一歩を踏み出すごとに足裏に返ってくる感触は柔らかい、それほど多く積もった埃が踏まれて舞い上がり視界にちらつく、端的に言ってやりづらい・・・・・ダンジョンだと他々人は感じた。


既にVヴィーなどは5回も転んで顔から埃の山に突っ込んでいる、ぶるぶると震え埃を跳ね散らすVヴィーを見て他々人は施設・・で飼っていた雪の山に突っ込んでは他々人に助けを求めることを繰り返す駄犬を思い出した。

とはいっても仕方ない、Vヴィーは体の構造上、というか脚が短すぎてこのダンジョンではほぼ埋もれながら進んでいるようなもので、全く足元の地形が分からず出っ張りなどがあっても回避することが不可能なのだ。


それにしてはよく文句も言わず根気強くこなしている、と感心すらせざるを得ない。Vヴィー独特の性質なのだろうか、あの草原で見た自由奔放なゴブリンたちの姿とは似ても似つかないほどVヴィーは真面目だった。


「待て、Vヴィー…」


なるべく大きく漏らさないように小声で端的にVヴィーを制止する、視界右上に配置しておいたミニマップ上に赤い点が現れた、敵だ。


ミニマップに赤い点が現れるのとほぼ同時に他々人の視界100m先にも変化が起きた、灰色の世界の壁を幾枚も透過して奥に、探知可能域外からぬっと見えない壁を抜けるようにして羽ばたく何かがぼんやりとした形で現れた。

赤色の枠線で強調表示されているのでわかりやすい、あれが吸血コウモリというモンスターだろうと他々人は推測した。


「ゔぃっ…」


こちらに応答するように短く鳴いてVヴィーは片手で持っていた棍棒を両手に持ち直して臨戦態勢を整えた。

まだうねうねと続く通路のはるか先にいるようだが、本格的な戦闘はこれが初めてで、少し緊張しているのを他々人はいまさらながらに意識した。


「相手の動きは恐らくこのまま直進してこちらに接近してくる、途中の別れ道の壁際で隠れて待伏せして不意打ちしよう」


〈vampire bat[吸血コウモリ]〉階梯レベルは1、攻撃手段は噛みつきからの吸血と至近での大音波、飛行能力は厄介だが耐久力は低い、と〈scan〉には出ている。

このダンジョンのバグから発生したコウモリが旧世界のコウモリと同じ生態をしているのかは不明だが、恐らく参考にしてる部分はあるだろうと考えて他々人は待伏せを選択した。

旧世界のコウモリは退化した視覚の変わりに超音波の反響で物質を認識しているとどこかで聞いた覚えがあった、ならそれが届かないところで待伏せすれば不意打ちになるのではないかと期待してのことだ。


「〈code〉change right:num=1〈sword〉」


Vヴィーにはそのまま自立行動を頼み、自身は右手のデバイスを銀剣に変え一緒に不意打ちをする。

そのまま倒しきれるなら良し、弱っているなら〈マリオネッテ〉を仕掛ける、もし反撃に持ち込まれたなら攻撃されたどちらかが防御に専念している間に片方が迎撃する、とそこまで思考したところでそれが声に出さずともVヴィーに伝わっていることに気がついた。


『ゔぃっ』


思念の形で了承の意がVヴィーから伝わる。

本当に便利なものだな、この傀儡という能力は、と他々人は思った。


近づいてくる赤い点、徐々に強調表示もコウモリの形が見切れるように大きくなってきた。思っていたよりもずっと大きい、と思念の内でこぼした。


『あと20m、10m、5m、4、3、2、1…』

「今だっ!」


思わず声に出しながら銀剣を振り上げる、Vヴィーは既に跳躍して棍棒で打ちかかっていた。

鈍器を勢い良く振り下ろすときの風切音まで良く聞こえ、鈍い打擲音が狭い通路内に響き渡る、ぎぃっと思っていたよりも低音の鳴き声を上げて吸血コウモリが地に落ちた。

その隙を見て銀剣を振り下ろす


ずもっ


と、肉に刃が埋もれる感触が返ってきた


あまり心地よいものではない、と他々人はどこか冷たいところで静かに考えた。


「〈code〉hack:num=5〈scan〉」


既に事切れているのはわかっているため〈マリオネッテ〉ではなく〈スキャン〉を発動した。


〈vampire bat condition=dead〉


簡潔極まりない結果が返ってきた、勝利だ、などと感慨にふけることもなく呆気ない幕切れだった。


「意外となんでもないものだな…」


残心を解いてふとそんな感想を漏らした。

モンスターであるにしろなんにしろ、生き物に危害を加えるという行為にもっと拒否感…忌避のようなものが出るのではないか、と他々人は危惧していた、が少々不快な感触だという感想は出たもののそれ以外に反発があるようなこともなかった。

反対に仕留めたというようなことで快感を感じることもなく、一仕事終えたようなときの達成感が多少ある程度。


「向いてるのかもしれないな」


浮かれるのでもなく沈むでもない自らの精神状態を見て他々人はひとりごちた。まずもって最初に躓くのは避けられたわけだ、とも少し思った。


「ぎゔぃっ」


戦闘終了後吸血コウモリの遺体に触れて何かを探る様子を見せていたVヴィーがこちらに何かを差し出す、[code]だ。



探索者、という制度において、[階梯レベル]という13階梯に分けられた強度、練度の指標とでも理解できるシステムがある。

わかりやすく数が少なければ初心者、数が多いほど熟練者と考えてもいい。

他々人は現在階梯レベル1、始めたばかりだから当たり前だが初心者ビギナーだった。


その[レベル]を上げるために必要とされるのが[code]である。


符号で頭につけて唱える〈code〉とはまた違い、こちらの[code]はモンスターたちから解析収集サルベージできた利用可能な情報記録収穫物という側面が強い。



元々公社が探索者制度というものを始めるにあたっては、ドローンによる配信やスポンサー制度による広告効果といった二次的利益よりも、まずバグ処理やシステムの負荷軽減など、何よりこの[code]収集といった一次的利益を念頭に推進されていた。


何故そんなにも公社が[code]を求めていたか、といえば、簡単に言えば[code]には、その中に新しい[アイデア]や、むしろ[技術]そのものが入っていることが度々あったからだ。


説明会で聞かされた話によると、[マーケット]や[ハイスコア]など、価値社会におけるメインエンジンとでも言えるシステムにも[code]は使われているらしい。社会基盤とまではいかずとも、個人がアイデアに詰まったとき[code]のマーケットを漁って買い上げるなんてことも多々あるという。


そんなダンジョンにおける報酬とでも言える[code]だが、実のところ大半は、確率にしておよそ三分の二といったところは全く価値のないクズ情報、文字化けしたどう変換しても技術的に役にたたないハズレが数多くを占めていた。


研究者たちがこぞって解析してもさっぱり使い道がわからなかったそれを、たまたま手に持っていたとある探索者が石に躓きそれを体で押し潰し取り込んでしまった、たちまち光が溢れその探索者の体中を包み、焦った探索者は取り急ぎ探索を中止して公社に連絡して研究所で体調を精査してもらい階梯レベルが上がっているのがわかった。

嘘のような話だがそこで判明したそれこそが[経験値]とでも呼ぶべき、探索者のレベルを上げるための[code]だった。



「ありがとう、Vヴィー

「ゔぃっ!」


Vヴィーが差し出した、そのまるでモザイクを拡大表示して常に蠢かせたようなモノを受け取る、当然、このままではこの[code]の中身が何なのかは分からない。

だからそれを判別するためにまずは接続の符号を唱える


「〈code〉access」

「経験値だな」


その判別手段、accessまでなら罠はない、というよりも当たり前だがaccessは自身と他を繋ぐだけのコマンドだから罠は反応しない、ということか、もしかすると難度が上のダンジョンならaccessにすら反応する罠が出てくるのかもしれないが。


「〈code〉gain」


取得の符号を唱え経験値を握り潰し光を浴びる、accessで判別できるところからも分かるとおり、経験値はそのまま特に何もせずに、おいてはただ握り潰すだけでも効率は落ちるが取得できる。

だが基本的には取得の符号を唱えてから経験値[code]を破壊する、取りこぼしをなくすためだ。

[code]の中身が意味のあるものになるとジャミングが施されているのか[unknown]と表示され罠の判別と解錠の手間が必要となる、強引に外殻を破壊しようとすれば中身ごと壊れるためそれもハッカーの大事な仕事の一つだった。



探索者同士でパーティを組むとこの[経験値]が頭割りになって取得されるというが、[傀儡師]の自分と[マリオネット]のVヴィーは一つのものと見做されたのかどちらにも総量の経験値が入ってきたと感じた。


レベルが一つ上がるのがわかった。


恐らくは草原で何度か戦闘して[code]を取得してたおかげで経験値が上限手前だったのだろう。



右、左と手を握り広げるのを繰り返す、あまりレベルが上がった実感は湧かないな、と他々人は思った。ファンファーレが鳴るでもなくただ自らのスキャン結果で数値が一つ上がるだけ、味気ない。


けれど実際はやれることがいくつか増えたはずなので、その検証もしなければならない。


自らの中で認識できる〈code〉が幾らか増えているのを感じる。


レベルが上がったことにより方針を考え直すため少休止をすることにした。



静かすぎる洞窟だ、と他々人は思った。

他に探索者がいないのもそうだが、何より積もる灰に、呼気の音すら吸い込まれていくようで。

しんしんと、降る埃が積もり音を吸い消すように思え風景すら静けさを増して、まるで夜の雪原に一人取り残されたような寂しさを、感じた。


たしかにこの洞窟に人気がないのも納得だな、と思った。

Vヴィーという相棒が常にいる他々人ですら薄ら寒さを感じるこの風景。


次からは何か飲む物と温めるための火付けをストレージに入れて持ってこよう、少しでも明るく暖かいものを意識しようと他々人は考えた。


人間にはなにか暖かいものが必要だ。


ときには、暖かいコーヒーと、チーズの入ったサンドイッチなどが。









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