11苗床

それから何回かの戦闘と小休止を繰り返して、他々人たちは徐々に徐々に洞窟の奥へと入り込んでいった。



吸血コウモリ、これは隠れられるような曲がり道で待伏せできれば常に一度の攻撃で倒すことができた。


大なめくじ、単になめくじが大型犬サイズになったものだったがその外見には他々人も少々悍ましさを感じた、しかし動きは遅く攻撃手段も体当たりしかないようで容易に袋叩きにして対処した。


ゴブリン、この洞窟のゴブリンたちは草原のゴブリンよりも積極的にこちらに襲いかかってきた、とはいえ能力的にはさほど草原のゴブリンと変わらないようでこれも苦戦することはなかった、ただ2〜3匹で徒党を組み一斉に攻撃してきたり、後方から石つぶてを投げる個体が出現したりと草原のゴブリンとは明らかに様子が違い、その姿も顔に丸ではなく四角い白線の落書きのようなものが描かれている、ゴブリンにもトライヴ部族とかそういうものがあるのかもしれない。



数回の戦闘を経て、[code]を得て戦利品を獲得し、また傀儡マリオネッテに成功し一体の仲間を得ることに成功していた。


「がーゔ、がゔっ、がゔっ!」


洞窟ゴブリンのGBガブと名付けたそのゴブリンは、士気を上げるように片手を上に掲げて吠えた。


強敵がすぐ側に居るのがわかっているからだ。


目前にある岩で出来たドアを注視する、正確にはその先にある大きく悍ましい気配を



〈slag seed plot[白濁し氾濫する苗床の巣]〉



ドアの向こう側には見るも悍ましく、うねる白濁色のナニカが蠢いていた。

時折その形が人の上半身や首から上を模して助けを求めるような仕草をしているのがまた惨たらしい、獲物を誘うのに有効な行為だとバグが判断しているのだろうか。


階梯レベルは3、攻撃手段はその体に蠢くナメクジ達を弾丸にして射出すること、防御性能は脆弱、どこを攻撃しても容易く攻撃を通すことが出来るだろう。

だが耐久力は高い、群がる白濁色の塊それ自体が苗床の命数そのもので、直接触れれば酸性の体液にこちらが溶かされる。

故に一撃、肉の壁を掻き分けその中心部に位置する苗床の巣の核と思わしき玉石に致命的な強撃を与えることが出来れば倒せる、それが今あるこちらの手札で出来る唯一の攻略法だ。



そこまでが他々人のつたないハッキングでなんとか抜き取ることの出来た情報だった。


「盾役はVヴィー、盾を両手で持って張り付いて注目を集めて、敵が俺やGBガブを攻撃する予兆を見せたら〈howling〉でターゲットを横取りしてくれ」

「ゔぃっ」


レベルが上がったおかげでVヴィーが覚えたcode〈howling〉、指向性の唸り声を上げることで瞬間的に敵の意識を強制的に自らに逸らすことが出来るスキル。

防具を持つことが出来るVヴィーにはうってつけのcodeだ。

鍋のふたとはいえ盾もどきの[code]をmob狩り中に手に入れたことも幸いだった。一応、アーカイブにあるポリカーボネートの盾よりも防御性能はあるようだと〈scan〉には記されている、どう見てもでかい鍋のふたにしか見えないのに不思議だ。


GBガブは少し距離を離して本体のみに投石を繰り返してくれ、核からナメクジを剥がすことを優先してばら撒かれた雑魚は近寄られなければ無視していい」

「がゔ」


まだレベルが1のため〈code〉を覚えていないGBガブには牽制役を頼んだ、投擲のための投石はこの洞窟の壁に思い切り銀剣を叩きつけることで補充してGBガブのストレージに溜め込んだ。銀剣はいくら傷つけようが一度組み直せばいくらでも修復される。


「そして俺は吐き出されたナメクジを倒す遊撃役と裏に回り込んで本体に〈snake蛇腹剣〉を叩きこむ削り役だ」


本来なら前衛に破壊力のある[クラッカー]を置くか、ハッカーなら毒や弱体のcodeを核に撃ち込むのが定石だろうが、現在の他々人の手札には残念ながら敵に直接影響を与えられる〈code〉は〈marionette〉しかなかった、それを通すにもまずは相手を削るしかないし、むしろ〈marionette〉が効くころにはもう相手もすぐに倒せるだろう、そして他々人にはこの苗床・・を仲間にする気は全くもってなかった。

ただ単に酷く悍ましかったからだ。

だから他々人自身が前に出て削り役をこなすしかない。


吸血コウモリを傀儡にすることも試したのだが、飛行生物ということもあってなのか直に操作しようとしたときに違和感がありすぎて上手く操れなかった、習熟には時間をかけるしかなさそうだ。

かといって自立行動をさせるにも、ゴブリンと違い細かい指示を理解出来ていないように見えた。

〈いけ〉と〈引け〉を戦闘中指示するだけでもまだ戦闘行為自体に不慣れな他々人には大きな隙に繋がると判断した。

至近距離からの大音波は魅力だが他々人の技量不足でそれに専念させられないから選外とした。


大なめくじは論外だ。

〈scan〉ではそんな情報は抜き取れなかったが体当たりしたが最期そのまま取り込まれる気すらする、まぁまずもって動作の遅さゆえにナメクジ砲で一撃で吹き飛ぶだろう。


二体目の傀儡にまたゴブリンを選んだのは自律性と知能の高さに期待してのことだった、亜人種系モンスターだからなのかゴブリンたちはその貧弱さに反して本当に頭が良い、現在の他々人の傀儡能力では二体までしか傀儡は保持することが出来ない、それは自らの感覚でなんとなくわかっている、それでも数少ない手札にゴブリンを選んだ、恐らくそうならざるを得ない持久戦においてはなによりゴブリンたちの自発的な生き残るための行動力が一番必要不可欠な気がしたからだ。


まずは雑魚狩りを丹念にして[code]を集め階梯レベルを上げるのが堅実なのはわかってはいる、少し無謀が過ぎるかと他々人も思ってはいたがそれでもここは挑戦しようと考えていた。



[電網世界]に[偉大なる死グレイトフルデッド]は存在しない



[魂魄]の証明と、[人体の電子換算エゴ・リィンカーネーション]により既に、[死]はもはや、[魂]の疲弊による[穏やかなる終わり]としての権能しか持ち得なくなっていた。

[寿命死]を人類から取り除くことは出来なかった、むしろ[魂魄]の解析による[魂]の疲弊が発見されたことにより人々はその果てに足掻くことを望まなくなっていた。


『みんな知ってのとおり電網世界ここでは誰も事故死することも病死することも過失致死さえすることもナイ、それはこの探索者制度内でも例外ではナクたとえモンスターに叩き潰されようが罠に刺し貫かれようガ、ダンジョン外の設定されたリセットポイントにリポップするだけだネ』

『痛みを気にするのは当然だケドそれも解決済だネ、痛覚を無くすカ抑える方法が鉄板、無論ダンジョン内だからといってそれが無効にもならナイ、ダンジョン中での変更は施設がナイからできないケド。まぁ中には「感覚が変わるのが気に入らない」とか言って痛覚をそのままにしている変人もいるケド、そんな変わり種を除いて大概は通常生活の中でも痛覚変更してルんじゃナイ?』


ドクターの無神経そうに言い放つ様が頭に浮かぶ、これが現実なら、前の世界ならば他々人はここで挑戦しようと思うことなんてなかっただろう、と思った。

いや、むしろこんな職業に就こうとすら思わなかったに違いない。


けれど今、ここで今こうして剣を持ち仲間とともに悍ましいモンスターに挑もうとしてる自分を見て他々人は少し笑った。


思いがけない道に飛び込んでしまったけれど、そんなに悪い気はしない、いやむしろこんなにワクワクするなんて何時ぶりだろうと思う。


準備はした、作戦も考えた、気持ちも十分だろう。


「よし、行くぞ!みんな」


号令とともに、扉は開かれた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る