8傀儡
「〈code〉change:num=5〈ring〉」
静かにそう呟けば、鞭のように伸びそぞろに分かれた剣身が見る見るうちに
「研究所のドクターから聞いた話では効かないらしいけど、念の為…」
そして引き戻されていくワイヤーを収めきり次第手を前にかざし掌をゴブリンに向け、再び、放つ。
「ぎーゔぃ?」
まるで心電図を取るときのような姿でワイヤーにくっつかれたゴブリンが不思議そうに呟く、どうやら痛みはなさそうだ。おそらくはワイヤーの中心部にある端子がくっついているだけなのだろう。
この収納されたワイヤーを飛ばすという行為は既に感覚的に無言で行使することが出来ていた、おそらくはハッカーというロールの基本中の基本なのだろう、ドクターも接続肢を持たないハッカーはまだ見たことがないと言っていた。
「〈code〉hack:num=1〈marionette〉」
そして他々人のジョブ、[傀儡師]における肝心要のスキル、マリオネッテを初めて使った。
瞬間、視界が切り替わるように明滅して世界が変わった。
今までの世界からまるで生気そのものが抜け落ちたかのように色を無くした風景、灰一色の背景に黒の線で象られたもの、物、者たち、そこに夥しく付随された
なるほど、これがハッカーの見る
『個人個人、育ってきた環境とか本人の資質とかで多少違ってくるところはあるケド、今までのインタビュー記録を見るにそれがモンスター、オブジェクトに関わらず能力を他に行使するとき、大体のハッカーは認識機能が切り替わるようだネ。わかりやすいところでは視界そのもの、ガラッと変わるヒトもいれば通常の視界に多少の追加情報がポップされるだけのヒトもいル、その視界を操るためのUIも千差万別なんだけド、そのUIの行使の感覚的仕様はほぼ変わらないらしいからOSは共通しているのかもしれないネ』
他愛もない世間話の体でドクターが話していた内容、これほどまでに世界が変わるのなら、そんな何でもないことのようについでに言うのは辞めてほしかった。
全てが変わる中、ゴブリンそのモノは…全く変わったように見えない。
なにかされたのはわかるが何をされたか全くわからないようで首を傾げて疑問符を作っている。
姿そのものからしてシンプルな形ゆえに変わらないし、感覚的に[
スキル行使直後に弾かれたような感触があったので、やはりドクターの言う通り[
「〈code〉change:num=1〈sword〉」
符号を唱えまた銀の剣にデバイスを戻す、また視界が明滅し世界が元に戻る。
少し引け目を感じるが、大人しく銀の剣を手にとった。
「…勝負!」
そして目の前のゴブリンに勝負を挑む、自然、相対する形でゴブリンも腕を…下げた。なんと驚愕することに右手を前に、前傾姿勢で左右に振るフリッカースタイルだ!
しかし関節一つないそのまっすぐでまん丸い腕を左右に振るうことに何の意味が…
「ぎぃっっっゔぃぃい!」
魂からの雄叫びを上げてゴブリンのフリッカージャブが、
「…」
「ちなみにここのゴブリンの攻撃力は幼稚園くらいだと推測されてるね…」
本当に気の毒だが
直剣の峰で、なるべく優しく軽くゴブリンの頭を叩いた。
ポコン、と間抜けな音が響きゴブリンの頭から星が飛びたんこぶが出てきた。
ちなみにこれも比喩ではなく実際に見える星がぽんと軽く飛び出てどこかに消えた。
「ぎっゔい…」
短い手足で頭の左右を抱え模様の中心から漫画に出てきそうな涙を浮かべたゴブリンが抗議するかのようにこちらを見つめる。
「…〈code〉change:num=5〈ring〉hack:num=1〈marionette〉」
微妙な空気になりつつあったが、どうにか無視をしてマリオネッテを発動した。
「さっきと違う…!」
瞬転した視界と共に変化した感覚からたしかに繋がりが、自らが拡がりゴブリンまで拡張されたかのような感触を感じた。
微かに抵抗を感じるが、変革された意識の中で電流のような
そのパズルが完成されたとき、
「…」
「ぎっゔい…」
どちらからともなく目を合わせて見つめ合う。
自分とゴブリン、確かな個は二つそのまま存在しているけれど、その二つの間にしっかりと存在している繋がり、こちらがゴブリンの行動を操作しようとすればそのままゴブリンの意思として動き、操作していない間は自立的な行動を、そのままゴブリンが勝手に動いてくれるだろう。
歩くのを意識せずその一歩を踏み出せるように、誰に教わるわけでもなく[傀儡]というスキルのやり方が理解できた。
「右」
「ぎっゔ」
「左」
「ぎっゔい」
「前進」
「ぎっゔぎっゔ」
「回れ右」
「ぎっ、ゔーいっ!」
「前へ倣え」
「ぎっ!」
「休め」
「ぎー!」
「おー、すっごーい!!!」
飛び上がるように跳ねたつくしが頭の上で拍手しながら叫んだ、少しくすぐったいものの他々人はそれを嬉しく思った。
嬉しく、思えたのだ。
久しぶりの感情だった。
思えば今では遠く思えるあの真っ黒な会社に就職して以降、なにかを達成してそれを心の底から褒められたことなんて何回あっただろうか…
「ありがとう、ございます」
つくしと出会えて、良かった、と思った。
この探索者というものを始めるにあたって、思いがけず唐突にダンジョンのいろはを教わることになった。
それが、つくしで、本当に心の底から良かったと思った。
「本当に、嬉しいです」
他々人がつたなくそう言う姿を、優しい笑顔でつくしは見つめていた。
「おめでとう、他々人くん」
「他々人くん、会ったときからずっと、なにか思いつめたような感じがしてたから、お姉さん気になってたんだ」
「なにがあったかなんて、わたしにはさっぱりわからないし、たぶん他々人くんもいっぱい悩んだんだろうけど」
「はじめて会ったひとが気軽に触れて良いものじゃなさそうに見えたよ」
「でもいまは違うね!」
「いまの他々人くん、すっごくいい顔してるよ」
「おめでとう、他々人くん」
繰り返し、つくしがおめでとうと言った。
「ありがとうございます」
繰り返し、他々人もありがとうと返した。
いつの間にか、いつも目の前を塞いでいたような霧が晴れたように清々しく思えたのが、とても嬉しかった。
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