7能力
「………………ぎっぶい!」
たっぷり十秒分ほど迷ったあと、なぜだか自信満々にそのゴブリンはつくしに諾の返答らしきものを返して指もないその手をボクシングスタイルに構えた。
「ここのゴブリンたちはねー、初心者エリア用の関門として造られたせいかずっとパッシブ状態のまんまなんだよね、そこら辺ぶらぶら散歩してお昼寝してるし、呑気で悪意のかけらもなさそうだし、だから不意打ちでいきなり手を出すのも気が引けるというか…まんまゆるキャラみたいなナマモノだし…」
「だからこうやって正々堂々と勝負を宣言してあげるのがおすすめだよ!」
そう言い放ちつくしは思いっきりバットを後ろへ引き絞り、ピーカブースタイルのままこちらにピコピコと突進してきたゴブリンに向かって、スイングを放った。
「くらっく!!ほぉ〜〜〜むらん!!!」
かきん、と何故か思いっきり野球ボールの芯を捉えたときの音がしたと思ったら、ゴブリンはそのまま、宙を飛んで遥か彼方に星になった。
比喩ではなくそうなった、つくしのスイングがゴブリンの腹部にジャストヒットしたと思ったら快音が鳴り、ゴブリンが勢い良く遥か上空へ消えてきらりと星が輝くようなエフェクトが出てきらん、と爽やかな効果音がなった。
他々人は愕然としながらその一連を見ていた、が、一瞬後にはハッとしてつくしに問いかけた。
「た、種畑さん、今のは一体…?」
「つくしでいいよー、これが私のバッターとしての能力の一つ、[ほ〜むらん]だよ!」
「能力はそのまんまスイングがジャストヒットすれば、敵の能力に応じてこんなふうに吹っ飛ばせるってかんじ」
「クラッカーはジョブが違っても大体はこんなかんじでなにがしかをぶちかますのが大体だよ」
「でもここまで派手に吹っ飛ばせるのもきらりんエフェクトが出るほどコミカルになるのもこの草原ダンジョンのゆるゴブだけだなー…普通のダンジョンではもっとシリアスな感じに…」
「最高でも一撃で倒せる敵が普通のホームランぐらいの距離で吹っ飛ぶだけだね!」
痛快な一撃を放った後だからか、汗を拭うふりをした後爽やかな笑顔を振りまきながらつくしが答えた。
「す、すごいな…」
唖然としながら他々人は称賛した。
正直に言えば、とてもワクワクしていた。
経緯は横に置いておいて、新世界に足を踏み入れて、課せられたクエスト、授けられた異能、ダンジョン、モンスター、冒険。
今までにないこれからが、いきなり目の前に広がって、自分の中でなにかが高揚するのを他々人は感じていた。
「むふふー」
横目でちらりと、興奮する他々人を流し見て、得意気そうにつくしは形の良い鼻を擦った。
「と、クラッカーの紹介はこんなところなのです!」
「次は、ハッカー!」
「他々人くんのロールです!」
「ハッカーはね、私のロールじゃないし、正直むずかしくてよくわかんないんだけど…」
「良く組むハッカーの人からのうけうりではー…」
「たしかでんし的干渉?を担当してるのがハッカーらしいのです!」
転じて今度は頼りなさげを表すように、疑問符を図上に幾つも浮かべながら解説し始めるつくし。
「わかりやすく言うと、どんなダンジョンか事前に調べたり、罠を見つけたり、マップをつけたり、モンスターの弱点を見つけたり色々と忙しそうなロールだねぇ…」
「戦闘では、今まで組んだ人はみんなデバイスはそれぞれだったけど、大体は敵をはっくして弱くしたり毒を仕込んだり」
「逆に味方にあくせすして回復したり強化したりしてる人が多かったなー」
「珍しいところでは地形にはっくして落とし穴とか造ったりする人もいたなぁ…」
「おおむね私の印象としては直接ぶっ飛ばすのは苦手で、敵にしろダンジョンにしろデバイスを接続して内側から攻略してるってかんじ」
「なんだけど…」
「他々人くんのデバイスはー…?」
「珍しいね、それ、ハッカーなのに直接攻撃できそうだよ、珍しい」
珍しいを2回言うほど珍しかったのだろう、興味深げに他々人の周りをくるくると回りながら銀の剣を見つめてつくしが呟いた。
「わたしも所詮ノービスだしそんなにいっぱい人と組んだわけでもないし、探索者制度自体始まって間もないからなー」
「ジョブ自体同じもの見たことないし、これからはでんし?攻撃できるクラッカーとか他々人くんみたいに物理攻撃できそうなデバイスを発現するハッカーとかも出てくるのかもね」
「それでこれから実践と行きたいわけだけど」
「他々人くんの今出来ること教えてほしいな!」
「それによって初手とかから大分違ってくるからなー」
わくわくと、しっぽがあったらぶんぶんと振りまくりそうなほど興味津々なことを隠さずにつくしが問いかけてきた。
「えー、と、確か、研究所の人の話では…」
説明会の後で連れられた、[研究所]で解説されたことを思い出しながら話しだす。
『大変珍しい形のデバイスだネ、指輪型でそこから接続肢を放出するところまではハッカータイプでも良くある形だケド、そこから収束させて直剣の形を模すような能力は初めてだヨ』
「まずはこの、ワイヤーを絡み合わせて造った銀の剣です」
『それで直接攻撃できることも珍しいケド、そこからそんな形で〈hack〉に持っていくとはネ』
「そこからコードチェンジをして…〈code〉change:num=1.1.1〈snake〉」
ガキン、と、音をたてて直剣が形を崩す。
その刃所々が分かたれてワイヤーが伸びる、柄から先は刃がついた鞭そのものになった。
「変形したら蛇腹剣というものになるのが一つ、です」
「うっわ!かっこいいー!!私もバットよりこういうかっこいいのが良かったなぁ…」
物欲し気そうに見つめながらつくしは呟いた。
「種畑さんのバットだって」
「つくし!」
「あー…」
「つくし!って呼んでね!!」
あまりの強すぎる押しに、たじたじと後ずさるしかなくなり
「つくし、さんのバットだって凄く強いじゃないですか」
結局、名前で呼ぶことになった。
「そうなんだけどね、ファンタジーみたいな世界に飛び込んでおいて武器はバットってモヒカンじゃないんだから…」
悲しげに呟かれて他々人は苦笑するしかなかった。
「それに俺の銀剣にしろ蛇腹剣にしろ攻撃力は大したものじゃないそうです、大事なのはむしろ」
「弱らせた相手に〈hack〉した際に出来る、[傀儡]こそが本領だそうで」
『なるほどこの傀儡師というジョブは、ある程度自力で敵を弱らせなければ〈hack〉しても能力を敵に伝播出来ないと言う訳だネ』
『それが故にまずある程度弱らせるために剣と鞭があるわけカ、敵を削るのにも拘束するのにも使えるから理にかなってるヨ』
「くぐつ?なにそれ」
「たしか、弱った敵を操り人形みたいに使役することが出来るはず、です?」
まだ使ったことがないため少し自身なさ気に言葉を放つ。
「それは…」
「すっごいね!たっはー、や!や!やってみよ!!」
興味が限界を越えて眼が輝かんばかりにキラキラとしているつくしに押され、他々人は初めての戦いを行うことになった。
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