5草原
ふわりとした感触が足をくすぐる、柔らかな草原が足元に広がっていた。
いきなりといえばいきなりだけれど、早速彼らが言う[ダンジョン]に行ってみることにした。
ダンジョンに赴くには公社から個人端末に送られたアプリを起動して、万にも及ぶダンジョンから一つを選択し、それの情報を確認したあとENTERの項目を決定すればゲートが開く。
ゲートとは、座標が完全に設定され、電子により全てが象られた電網世界が故の固有の移動方法だ。
縦に伸び、3メートルほどの楕円状の真っ暗なそれに足を踏み入れればこちらとあちらが繋がる、データとの換算がすこぶる容易な故の画期的な技術によりダンジョンへの道はすんなりと通った。
バグ処理、不明データ積極調査、お堅い言い方はいくつもあるものの、実態はつまるところゲームに良くあるような、不思議な迷宮的ナニカに変異してしまった施設なり土地なりを、正常に戻すための調査や原因対処が仕事内容だった。
「〈code〉gain:num=5〈ring〉」
教わった符号を使い、そのための武器を自身の因子から取り出す。
両指に顕れた計10個の飾り気のない銀の指輪、そこから現出させる糸より細いワイヤー。それこそが今のところ他々人の唯一の武器だった。
あの生真面目な生田目氏が言うには、電子により実際に象られた電網世界は物理世界とほぼ同じ物理法則を用いられているらしい。
つまるところここはウェブ上に0と1で構成された世界を映像として解釈し直したものではなく、全くもって新たなる世界を電網上に電子により創造したものであるとのこと。
それらが実際どういう理屈でもってどこに造られているのかは生田目氏らのような公社に雇用された人間とコミュニケートするための部門の人にも全く理解出来ていないと正直に告白された。
そんな
その5%は変質する過程をもって、多くは電子的要素を捨て物理的顕現を果たすことになった。
『だからこそダンジョンでの脅威も多くは物質的なものになり、それを打ち破るにも電子的アプローチで試みるより、物理的に破壊するのが最も効率的なのです。』
と、生田目氏はらしくもない脳筋な理論を語っていた。それに必要なのがこの風にまかせふわふわと浮かぶ糸より細いワイヤー、それを射出する10の指輪たち、これを探索者たちは[デバイス]と呼ぶ。
ダンジョンとは呼ぶがそれは個体それぞれで、ここのようなだだっ広い草原がただ続くようなところもあれば、洞窟や城や、まして未来都市をテーマにしたとおぼしきようなものや崩壊した世界の跡のようなものまであるらしい。
ここは[緑の草原]、アプリによれば危険度は5段階評価で最低の1、多くの探索者が最初に様子見に選ぶというダンジョンで、そのためにむしろ公社に保護されているという全くもって初心者向けのダンジョンだった。
ちなみに配信はまだ慣れていないだろうという理由でドローン未所持での探索を許可されている唯一のダンジョンでもある。
そこに出現する脅威はただ一つ
[ゴブリン]と呼ばれるモンスターだった。
2頭身の全身真っ黒なぬいぐるみもどきが、短い手足をひょこひょこと振るい警戒心の欠片もなく目の前を歩いている。
頭部頂点にちょんと突き出たツノ、顔面部分に大きく縁取られた白線の丸、目も口もない、どう見てもゆるキャラの一種にしか見えないそれがモンスターだという。
「…〈code〉change:num=1〈sword〉」
説明会後に意思確認をした後、探索者になることを了承した者たちは移動し、[研究所]と呼ばれる場所で[ドクター]と呼称される人物から適正因子の検査と能力の試行を監督されつつ行うことになった、そこで教えられた他々人の因子能力の一つを使う。
右手の銀の指輪より勢い良く放たれた幾本ものワイヤーが互いに絡み合い、シンプルな銀の直剣が象られていく、それを他々人はしっかと握った。
が、握ったはいいものの…
「どうすればいいんだ、これ?」
「ぎっぶぃ…?」
途方に暮れた様子で立ち尽くすこちらを見てゆるキャラが不思議そうに呟く。
説明会で聞いた話では、探索者の活動とはダンジョンの探索と、モンスターとの戦闘が主になるとのことだった。
何の意図を持ってバグがこのようなダンジョンを築いたのかは不明だが、そこに罠があって、宝箱があり、モンスターがいるというのが現実で、まるでゲームそのものではあるけれど、自分達探索者はその意図に従ってダンジョン攻略をすることによりバグの解消が出来るのだという。
「けどこれはなぁ…」
流石に想定していなかった、まるでゆるキャラのような、こんな無害そのものな2頭身が出てくるとは思っていなかった。
ぽてぽてとそこらかしこを歩き、または呑気にひなたぼっこをしているゴブリン。
「ぎっぶい」「ぎっぶい…ぎぎっぶぃあ!」
ぎっぶい、ぎっぶいと彼ら独特の言語と思わしきものだけが響く。
他々人が想像していたのはファンタジー小説に出てくるような典型的な醜悪で小賢しい小鬼だった。
断じてこんな平和な小動物代表みたいな生息をしてそうなナマモノではなく。
そこに乱暴者登場!みたいな感じで斬り込めるほどの凶悪さもなく、かと言って何もせずに帰るわけにもいかず、ほとほと困り果てたところだった。
「こんにちはーっ!お困りかーい?」
ゆるキャラたちに負けず劣らず、呑気な声が他々人に問いかけた。
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