音のない世界へ

悠真

 天井が落ちてくるかと思うほどの爆音が、スタジオ内に充満している。


 タケシのストラトギターの、耳をつんざくような尖った高音のリフが、不協和音と相まってアナーキーに楽曲を紡いでいる。


 ドラムスのカトウが、オープンシンバルをガシャガシャと鳴らしながら、高速で乱暴にスネアをぶっ叩いていた。

 そのそばで、ベースのタマオが、白目をむきながらリズムに合わせ、首を激しく上下に振っている。


 僕もマイクを鼻先に近づけると、楽器隊に負けじと悲鳴のような声を張り上げた。

 もう音が外れていてもいい。こいつらの爆音に割り込んでいくことさえできれば。


 ラウドロックを体現している実感だけが、場を持たせている。

 

(これが生きているギリギリだ)

 この限界を攻めているヒリヒリとした感覚が、僕に生を吹き込んでいる。


 カトウの叩くテンポがさらに速まっているようだ。

 それをギターとベースの音が遅れを取るまいと追いかけていく。


 僕は息を整え目を閉じると、そいつに自分に出せる一番高い声を当てた。

 心を集めて、身体を弛緩させる、その先に僕のもつ最高音がある。


 金属製の壁を突き破るような驚きと快楽が僕の胸を占めていく。

 

(もう愛なんかいらない!)

 純粋にそう思える一瞬が訪れる。


 これが、今の僕の全てだ。

 夢か現か、もはやどうでもよくなる。

 

 僕のロングトーンがしだいに枯れてゆき、ドラムス、カトウの突っ込み気味だった音が徐々にタメを作り始め、スローダウンしてゆく。

 ベース、タマオの指の動きがそれに合わせて鈍く重たくなる。


 時折短音速弾きを見せていたギターのタケシは、音一つ一つを長く弾くようになった。


 楽器の音が、くぐもって聞こえる。

 それで、僕はまた耳がやられたことに気づく。


 こんなふうにスタジオで、もしくはライブハウスのステージ上で大音量のロックにさらされることで、日常さまざまなノイズから解放され、獲得した静けさのことを僕は、いつしか「自由」と呼ぶようになっていた。


 そして、いつしか僕はこの「自由」の中でしか息ができない生き物になってしまっていたのだ。

 

 この一瞬が永遠になればいい。僕はそう願い、またこう独りごちた。

 

 ようこそ、音のない世界へ。




(了)

 

 

 



 



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