木曜日 15:00
「吉岡」
「はい」
あたしは自他共に認めるヘビースモーカーだけど、この職場ではあたしを上回る人間ばかりがいる。
集中力が途絶えない為にと、社長を筆頭に引っ切り無しに煙草を吸う社員は、あたしを含め全四名。
見事に全社員の十割だったりする。
自分の煙草の煙には耐えられるけど、他人の煙草の煙は耐えがたい。
それが貸し店舗の狭い事務所なら尚の事。
だから何時間かに一回は、ヘビースモーカーのあたしでも外の空気が吸いたくなるもので、そろそろ外の空気を吸いに行こうかと思ってた時、社長に呼ばれた。
「資料買ってきて」
パソコンの画面を見つめたまま、ヒラヒラとメモ用紙をこちらにチラつかせる社長は、今日もデスクに山積みになった資料やらファイルやらに埋まってる。
その、いつ雪崩が起きて大惨事が起こるか分からないデスクに近付き、社長の手からメモを受け取ると「ついでに珈琲とおやつも」とおつかいを頼まれた。
「おやつ、何がいいですか?」
「チョコレートがいいなあ」
半分寝惚けた声を出す社長からは、異臭。
「社長、いつから家に帰ってないんですか?」
「えー? 昨日、一昨日、その前、の前……」
指折り数えられていくその日数は多い。
「最後にお風呂に入ったのは?」
「ああん? 昨日、一昨日、その前……」
家に帰ってないのと同じ分だけ折られていく指に、異臭の原因がある。
「臭いです」
「嘘お!?」
「マジです」
「嘘お!?」
「マジです」
「嘘お!?」
「お風呂入って下さい」
パソコン画面から目を逸らさず、心のこもってない「嘘お!?」を繰り返した社長は、ようやくあたしのその言葉にチラリと目を向ける。
社長があたしと五つしか歳が変わらないのに相当に老けて見えるのは、あたし以上に身だしなみに無頓着だから。
異臭を放つベタついた髪と、無精髭がそれを物語ってる。
でも思う。
あたしも男だったらこうだったかもしれない。
仕事に
ただ、その実力があったら、の話だけど。
くるみが「男版朱莉」と称するこの社長は、実は物凄く仕事が出来たりする。
その能力に惚れてこの会社に入ったのはあたしだけじゃない。
その率は、この小さな事務所にいる、ヘビースモーカー率と同じ。
「風呂に入らなくても死なねえだろ?」
死なねえよ――とは言い切らない性格の社長に、「死ぬかもしれませんよ」と、「周りが」って意味で笑って返すと、今度は本気らしい「嘘お!?」って言葉が返ってきた。
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