水曜日 13:50


『もしもし? 朱莉ちゃん? 今、電話いい?』


 パソコン画面と睨み合いをしてた時に鳴ったスマホを、画面も見ずに取った直後、電話の向こうから一葉の声が聞こえてきた。



 一葉の声の後ろは妙にザワついてる。



 そのザワつきと遠くで鳴るいくつもの電話の音から、一葉が「編集部」から電話してきてるのは明らかだった。



「大丈夫だよ。どうかした?」


『あのね? くるみちゃんからのメッセージってもう見た? 全然既読にならないって言ってたんだけど』


「あっ、そういえば朝、メッセージ着信音鳴ってたかも」


『まだ見てなかった?』


「うん」


『忙しい?』


「まあ、ちょっとね」


『あのね? くるみちゃんからのメッセージ、緊急事態発生で今日いつもの居酒屋さんに集合って書いてあるんだけど』


「緊急事態?」


『うん。でもね? よくよく聞いてみると、彼氏が出張に行ってて時間持て余してるだけみたい』


「何それ、バカじゃないの」


『わたし、今日はなるべく早く帰れそうだから行けるんだけど、朱莉ちゃんはどう? 忙しくて無理なら、わたしから言っておくけど』


 一葉のその言葉に、チラリと正面のパソコン画面に目を向けると、画面はさっきと同じスクリーンセイバーのままで、熱帯魚が優雅に泳いでる。



 その中の黄色い熱帯魚を指で弾き、デスクの上にあった煙草を手に取ったあたしは、「大丈夫。行ける」と答えて、灰皿の横に転がっていたライターで火を点けた。



『じゃあ、六時に。間に合いそうになかったら、わたしかくるみちゃんに連絡して』


「分かった」


『朱莉ちゃん?』


「ん?」


『何か元気ない気がするのは気の所為?』


「そう?」


『うん。声にいつもの元気がない感じ』


「あー、寝不足だからかな」


『大丈夫? 今日の集まり無理しなくていいよ?』


「うん。大丈夫」


『本当に?』


「大丈夫だってば。じゃあ、あとでね」


 そう言って切ったスマホをデスクに放り投げると、たまたまキーボードに当たってパソコンの画面がデスクトップに切り替わる。



 アイコンだらけのその画面に向かって煙草の煙を吐き出したあたしは、その息遣いが溜息交じりになってる事を分かってた。



 先生の事ばっか考えて、昨日は夜も眠れなかった。



 あれは一体何だったのかって、そればっかり考えてた。



 意味が分かんない。



 先生が何であんな事言ったのか理由が分かんない。



 本気で言ったとは思ってないけど、冗談でそんな事を言う人にも思えないから考えてしまう。



 考えてもどうしようもない事だって分かってるけど、頭が勝手にそればっかり考える。



 だから仕事にも集中出来なくて、パソコン画面をぼんやり見つめ続けてる。



「社長!」


 咥えてた煙草を灰皿に置いて、椅子にもたれ掛かってはすに構えてそう呼び掛けると、窓際の席から「ん?」って声だけが返ってくる。



「今日、早く上がってもいいですか?」


 資料が山積みになった、散らかり放題のその社長のデスクに向かって問い掛けたあたしは、社長の「おう、いいぞ」って返事を聞きながら、この件は友達ふたりに相談した方がいいだろうと思った。

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