ダチュラ


 カペルの胸の真ん中には、生まれつきの小さなしこりがある。豆粒ぐらいの大きさで、指で押せば硬い感触がある。考え後や心配事がある時、カペルはしこりを触る癖があった。

 園丁小屋で簡素な寝台に横たわり、しこりを押したり離したりしながら、カペルは自問自答を繰り返す。


 聖騎士にどのような力があるのか、詳しい事をカペルは知らない。魔なる者とのいくさは長く続いていて、聖騎士たちが戦っているというのは話に聞いていたが、それが人間相手の戦とどう違うのかカペルにはわからなかった。

 ただ思うのは、今この夜もメメは誰だかもわからない騎士の相手をしているということで、それが突然、我慢ならないと感じられた。

 館の中に閉じ込められ、ずっと聖女をやらされるメメに幸せはあるのか。暴力をふるってくるような男でさえ聖騎士に仕立てなければならないか。その怪我も治っていないうちから、また別の男を迎えなければならないというのか。

 ずっと休みもなく、寝る間も削って一日に何人も相手をして、務めの終わる日は来るのか。終わりがあるとして、それはいつだ。終わった後、メメはどうなる。

 そうまでして聖騎士を生み出し、人間を守らなければならないか。

 昼間に買い出しで街へ出て、帰りがけに耳にした、酔っ払いの戯言ざれごとが思い起こされた。


 ――今の聖女ってまだ若いんだろ? 俺も童貞でいりゃあよかったぜ。

 ――聖騎士候補には、もう誰でもなれるっていうしな。こないだ肉屋のせがれが騎士に叙任されたってよ。

 ――あのが騎士ぃ? で、いまごろ聖女様で童貞卒業か。やってらんねぇな。いまから童貞ってことにしたら、俺もやらせてくんねぇかな。


 カペルは胸のしこりを強く押さえると、結論を出した。

 人間俺たちなんて、どうだっていい。

 

 翌日、カペルは園芸倉庫から曼陀羅華ダチュラの種を持ち出した。


 普段のメメは、早朝に聖騎士を送り出し、朝食はとらずに睡眠をとる。

 メメが部外者や他の使用人たちの目から離れる、唯一の時間帯がそこだった。

 カペルは曼陀羅華ダチュラの種を臼で挽き、朝食の茶に混入させた。

 曼陀羅華ダチュラは幻覚、妄想、意識混濁を引き起こす毒だ。そして、毒が抜けても、中毒を起こしていた時の記憶は残らない。

 中毒症状が出始めた頃、カペルは梯子を登り、メメの部屋の窓を叩いた。

 窓の向こう、疲労や眠気のにじむメメの顔に、それでもつぼみがほころぶような笑顔が咲いた。すぐに自らの計画を話し、連れ出すつもりでいたカペルは、笑顔に吸い寄せられて態勢を崩した。

 慌てて窓枠に掴まる。梯子が倒れる。メメが急いで窓を開ける。

「ちょっと……カペル……!」

「下がって、危ない……!」

 カペルはじたばたと這い上り、メメが窓から引っ張りこみ、二人は絨毯に倒れ込んだ。

 折り重なり、見つめ合ったまま、動けなくなった。

 次に動いた時には、唇を重ね合わせていた。その次には、お互いの舌の甘さを感じていた。

 それどころではない、というのは二人ともわかっていたはずだった。

 メメの懸念は、カペルが室内に入ってきたのを、館の人間に知られてはならないという事。

 カペルの懸念は、曼陀羅華ダチュラが切れる前に、メメを館から連れ出さねばならないという事。

 だが、二人の脳髄はお互いの放った稲妻に灼かれていた。止まれなかった。

 口づけをしたまま、メメがカペルのベルトを外し、カペルはメメの帯をほどいた。 

 お互いの秘部に触れて、その熱が、硬さが、または柔らかさが、漏れる吐息が、開いた瞳孔が、粟立つ肌が二人を高めあう。

 メメが息も絶え絶えに耳打ちした。

「ひ、ひと、人が来ちゃう……」

「来ない。今日だけは、誰も来ない」

 カペルの答えの意味がわからず、聞き返そうとしてメメは、喉からせりあがる喘ぎ声に阻まれた。

 カペルがメメに入ってきた。一瞬遅れて、メメがカペルを抱きしめた。

 押し殺したメメの声が、のけぞる腰が、カペルに力を与えた。

 お互いが果てるのに時間はかからなかった。全身を包む恍惚感と倦怠感と感動の中、お互いがお互いの耳元で、口づけるように囁いた。

「すき」

「メメ。館を出よう」

「すきって言って!」

「……好きだ。俺も君が好きだよ、メメ」

「うれしい……だいすき……この館を出るって言った?」

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