第14話

 宿場町に入ると、まずは宿屋に向かっていった。

 そこで馬車を預け、宿に入る。

 当然のようにこの宿場町で一番いい宿だった。

 箱型の馬車が並ぶ中、庶民的な幌馬車が少し浮いている。

 馬に擬態していたワイバーンたちは、馬具を外して厩舎に連れていくとオズがパチンと指を鳴らした瞬間に消えていった。

 厩舎からの通り道、馬車置き場を覗くと幌馬車も消えていた。

 吸血鬼は便利な魔法を使えるらしい。

 フェリスは素直に関心した。

 宿の部屋に着くと、フェリスはベッドに飛び込んだ。


「つかれたぁ~」


 半分以上寝ていたとはいえ夜通し幌馬車の荷台に乗せられていたフェリスは疲れ切っていた。

 マントも脱がずにベッドに転がると日も高いのに睡魔が襲ってくる。

 これではいけない、とフェリスはかぶりを振って気を取り直しマントを脱いだ。

 オズは優雅にイスに腰掛けており、ミアはオズに飲み物を用意していた。

 オズは恐らく寝ていないし、ミアに至ってはここに来るまでずっと御者をしていたのに疲れた様子は一切見られない。

 人外二人の体力は小娘一人とは比べ物にならないようだ。

 ベッドに腰掛けているとミアに退くよう促される。


「そこは主人マエストロの寝床。邪魔」


 そう言ってパチリと指を弾くと、瞬く間にベッドはフェリスが飛び込む前の状態に戻った。

 ここはこの宿屋で一番いい部屋だ。

 オズの部屋だということは納得できた。

 それでもすっかり草臥れているフェリスはのそのそとソファーへ移動する。

 きれいな刺繍がほどこされた布張りのソファーはふかふかで、フェリスが今まで使っていたベッドよりも寝やすそうに思えた。

 行儀は悪いが眠気には抗えない。

 寝るか寝まいか迷っていたところ、オズから声がかかる。


「隣にも部屋を用意しているからそこで寝るといい」


 何も考えずオズとミアに着いてきてこの部屋に入ってきたため別に用意されていることに気が付かなかった。

 フェリスはオズから部屋の鍵を受け取り、その部屋に向かう。

 真っ先にベッドに向かい、睡魔に誘われるがまま眠りについた。




 フェリスが目を覚ますととっぷり日が暮れて夜になっていた。

 馬車の中でも眠っていたが、硬い馬車とふかふかのベッドでの睡眠は寝心地が段違いだ。

 普段は寝ている時間に目を覚ますのはなんだか変な心地がする。

 砂埃などで汚れたまま寝入ってしまったフェリスは身を清めるため着替えが欲しいと思い、オズの部屋をノックした。

 返事替わりにミアがドアを開ける。


「何の用」

「着替えが欲しくて……できたら数日分、まとめてもらいたいんだけど」


 一々着替えをねだるのは正直手間だった。

 しかも着る服は上等なワンピースではなく庶民向けの動きやすい服だ。

 自分で管理したいという気持ちが芽生えるのは自然なことだった。


「わかった」


 パチリ、と指を弾くとバックパックが現れた。

 それを手に取りミアはフェリスに渡す。


「これに着替えが入っている」

「ありがとう、ミア」

「主人のため。気にするな」


 ミアから着替えを受け取り、フェリスは部屋についているバスルームに向かった。

 身を清めてから湯につかる。

 旅の疲れが一気に湯に溶けていく心地がした。

 猫足のバスタブの中で足を延ばす。

 馬車で運ばれていただけなのに自分の足で歩くより随分疲れた。

 旅商人などはいつもああやって商売をしているのだろうか、と思いをはせる。

 お屋敷で侍女を務めていたフェリスには到底務まらないな、と息をついた。

 旅の疲れをきれいに洗い流し、身だしなみを整えるとフェリスの部屋にミアが訪れた。


「主人が呼んでいる」


 ミアと共にオズの部屋に向かう。

 オズはイスに深く腰掛け、優雅にカップに口をつけていた。


「来たか、フェリス。今日はこれから帝都に移動しようと思うんだ」

「い、今から!?」

「君も十分休んだだろう?」


 確かに十分な睡眠はとらせてもらった。

 しかし朝になるのを待つつもりでいたフェリスは衝撃を受けた。


「なに、そう時間はかからない。今度は直接ワイバーンに乗って移動する」

「わ、ワイバーンに!?」


 簡単そうにオズは言う。


「俺が同乗するから君でも乗れるだろう。身支度も済ませたんだろう? さあ、行こうか」

「でも荷物が」

「ミアに任せておけばいい」


 オズに手を引かれフェリスは外に出た。

 外には二匹のワイバーンが控えており、馬具のような装飾が施されていた。

 キュイ、と可愛らしい声で鳴いており、今すぐ乗ってくれと言わんばかりの視線がオズに向けられている。

 後ろを振り向くとミアが控えていた。

 彼女もオズも何もないところから荷物を取り出しているのを何度も見た。

 その手には何も無いが、きっと先ほどフェリスが受け取った着替えは回収されているのだろう。

 ワイバーンは乗りやすいよう身を低くした。

 その背にオズは先にのり、フェリスを引っ張り上げ前に乗せる。

 視線がかなり高い。

 抱きすくめられるようにオズの腕の中に納まっているのもあり、フェリスは落ち着かない気持ちになった。


「行け」


 オズの言葉にワイバーンたちが羽ばたき始めた。

 砂埃が風圧で巻き上がる。

 しかし薄い膜を張っているかのようにそれらは弾かれていた。

 そうして、みるみる内に空に舞い上がっていく。

 馬車、もといワイバーン車に乗っていた時とは比ではない上昇速度にフェリスは身震いがした。

 しかし背中にあたるオズの存在が安心をもたらしてくれる。

 下を見下ろすと、町が小さく見えた。


「これから帝都の騎士団の広場に向かう。そこが君の説明したスタート地点だからね」

「でも、一般人は入れないんじゃ……」

「たった一晩観光するくらい、俺には造作もないことだよ」


 屋敷をある日から突然支配した男の言う造作はどれほどのものなのだろうか。

 改めて彼の能力の高さに関心した。


「オズにできない事ってあるの?」

「もちろん。君に俺の魔法は効かないだろう?」


 これだけ力の強い吸血鬼の魔法が自分にだけ効かない理由がフェリスには分からなかった。


「どうして私だけ、あなたの力が効かないの? 私、魔法も使えないのに」


 同僚や母は燭台に火を灯したり、洗濯を魔法で行ったりするが、フェリスがそれを習いたいと言うと母にはフェリスには魔力が無いからと教えてもらえなかった。

 魔力は生まれながらの才能であるため、努力ではどうにもならない。


「それは君が使い方を知らないからだ。君はそこらの人間よりよっぽど魔力を持っているよ。それに、……」


 半端なところでオズは言葉を切る。

 思案するように顎に手を当てる。


「まあ、これから何か知れるかもしれない。まずは旅を楽しもうじゃないか」


 何か含みがあるように感じたが、フェリスはその前の言葉に首を傾げた。


「私、魔力なんてないの。ママが言っていたから間違いないわ」

「いいや、君には確かに魔力がある。君に魔法を使わせない口実だったんだろうね」


 全てを知っているかのようにオズは言う。

 オズが現れてからフェリスの世界はぐちゃぐちゃになっていた。

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