第13話

 場所は魔王討伐隊のスタート地点、ウェスタリア王国。

 ガタゴトと揺れる感覚に目を覚ます。

 日は昇り、石畳で整備された街道を馬車が駆けていた。

 いつの間にかフェリスは眠っていたことに気づく。


「おや、起きたのか」


 目を覚ましたフェリスに気づいたオズが声をかけた。

 その声がやけに近いことに気づき、なにかに包まれてる感触に違和感を抱く。


「っ!?」


 フェリスはオズの膝の上で姫抱きのように抱きかかえられていた。

 驚いてフェリスは硬直する。


「眠る人間は暖かいな。ちょうどいい」


 ゆたんぽ扱いにフェリスは目を見開く。

 近くにある美貌の顔がよく見えた。

 御者席側から入る微かな朝日を受けて煌めく紫の瞳は宝石よりも美しい。

 それをふちどるまつ毛はきれいにカールを描いている。

 その近くの泣き黒子と額に垂れる漆黒の髪が色香を放っていた。

 茫然とこの男を眺めているフェリスは、芸術品のような美しさのこの男は鏡を見ても飽きないだろうな、と胡乱な感想を抱いた。


「俺の顔がどうかしたのか?」


 その声にはっと意識が浮上する。

 この状況を理解したフェリスは羞恥に顔が熱くなるのを感じた。


「そ、そうじゃなくて! 離して!」


 逃れるようにもがくとあっさりと抜け出せた。

 フェリスという温もりが消えたオズは少しつまらなさそうな顔をする。


「いやなのか?」

「いやっていうか……その、違うじゃない、私たち」


 この羞恥をどう伝えたらいいか、しどろもどろに話す。

 起き抜けにこんな状況でフェリスの頭はまともに回らず、適切な言葉が見つからない。

 あーだのうーだの唸りながらフェリスはなんとか言葉をひねり出す。


「そ、そう! 恋人同士ならわかるけど、私たちは違うでしょう!? 淑女レディがと、殿方の腕の中にいるなんて、は、は、破廉恥なの!」


 淑女にも仕える侍女は淑女としてのマナーを知らなければならない、と屋敷で叩き込まれた知識をひっぱり出したせいでおかしな話し方になったが、どうにかフェリスは語る。

 オズはそういうものなのか、と目を丸くした。

 この男に貞操観念という言葉はないのか、とフェリスは内心ため息をつく。

 距離感がおかしい。

 種族が違うとこうも違うものなのかと呆れさえ浮かんできた。


「吸血鬼同士だとこんなにゼロ距離でくっついたりするの?」

「無いな。必要を感じた事がない」


 あっさりした答えが返ってくる。

 裏を返せば必要ならそうするのだろうかと考えて、実際にそうしていたのだったと考えが始めに戻った。

 これ以上は時間の無駄だろうとフェリスは思考を切り替える。


「今はどこにいるの?」

「もうウェスタリアに入ったよ。ここは帝都に続く街道だ」


 ウェスタリアとは、フェリスの言う西の国だ。

 夜更かしの影響で寝過ごしたのだろう、日はてっぺんに昇っており真っ昼間のようだ。

 だが、一晩と少しのたったそれだけの時間で移動できる距離ではない。

 改めて、人間ではないものと行動を共にしていることをフェリスは認識した。

 すれ違う馬車はそれなりにおり、人通りならぬ馬車通りがある。栄えている街が近いという事だろう。

 フェリスは期待に胸をときめかせた。

 後ろにかかっている防水皮をめくり外を見る。

 見渡す限り平地が広がっており、時折風車が見えた。

 放し飼いの家畜も見える。


「のどかな場所だね」

「宿場町と宿場町の間はこんなものだ。さして珍しくも無い」

「そうなの?」

「夜中に通っていた道も似たようなものだったよ」

「そうなの! 暗くて分からなかった」

「君にとってはこんな田舎道も珍しいようだ」

「そうなの。だって領主様のお屋敷から離れることなんて無かったもの」


 当然のように述べるオズの横でフェリスは感動していた。

 これまでのほとんどを建物にかこまれた街中で暮らしてきたフェリスにとってこの風景は新鮮だった。

 ほんのり草の香りが鼻孔をくすぐる。

 幌馬車でないとこんなに外の空気を感じることはなかっただろう。

 微かに通る風が気持ちいい。

 貴族向けの馬車しか知らなかったが、これもいいとフェリスは思った。

 しかし座席が無いので尻と腰が痛くなってきた。

 荷物は積まれていない。強いて言うならフェリスとオズが荷物だろう。

 片膝を立ててラフに座るオズをしり目にフェリスは荷台で寝転ぶ事にした。


「座席がない馬車って結構辛いのね。オズはずっとその体勢で辛くないの?」

「この程度で何か思うほどやわにできていない。人間とは体のつくりが違うからね」


 端的にオズは答えた。

 魔族は頑丈にできているらしい。

 それ以降は特に話題も無く、フェリスは外を眺めることにした。

 似たような風景が続いて飽きてきたころ、活気のある声が近づいてくる。

 関所だ。

 隊商キャラバンや冒険者などが短い列を作っていた。

 少し待って順番が来る。

 ミアが通行料を支払って一行は関所の門をくぐった。


「今日はここに泊まろう。もう日が昇ってしばらくたつ」


 少し気だるげにオズが言った。

 先日は日が昇る時間に眠そうだったのに、その目は冴えている。

 オズは御者席からの日が当たらない場所に座って日光を避けてはいるものの、日中はやはり嫌なのだろうとフェリスは思った。



 たどり着いた町はウェスタリア帝国の王都手前の宿場町。

 西の国、とフェリスが記憶している通り大陸の西に位置していて、最も栄えていると言っても過言ではない。

 フェリスのいた国はイースタン王国である。

 中央の国セントラルを挟んでこの二国は現在冷戦状態にあり、当然ながらフェリスは来た事が無かった。

 揉めている理由は魔族と和平を結んだ手柄の取り合いである。

 魔王討伐隊発足の地であるウェスタリアと、魔族の進行を長年食い止め続けてきたイースタン。

 魔王討伐隊は途中の国々で戦力補強を行っており、特にイースタンは戦力を多く補充しているのもあって熾烈な論争が繰り広げられている。

 そんな事情もあり、つい先日までイースタン王国民だったフェリスは緊張していた。

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