1章 吸血鬼さま、ご案内
第3話
「どこ、ここ……」
フェリスが目を覚ますと、そこは寝台の上だった。
周囲を見回すと見覚えの無い部屋で、着の身着のままここに寝かされていたようだった。
見下ろした衣服に返り血がついていて、昨日の出来事が夢ではないことをまざまざとフェリスに見せつけた。
とたん、急にドアが開いて男が現れた。
「ひっ!」
「なんだ、驚くじゃないか」
とっさに悲鳴をあげたフェリスに驚いた様子の男は困ったような顔をつくって言う。
ノックも無く現れた男にフェリスが驚くのも当然だが意に介さず、男はベッドに腰掛けつらつらと話す。
「ここは君の領主様の領地にある宿だよ。俺も隣に部屋を取ってある」
フェリスは部屋が貴族が泊まるような豪華なつくりになっていて、寝台もふかふかだという事に気づく。
「ここから繋がっている。何かあったら俺の部屋に来るといい」
そう言って彼が出てきた扉を指さす。
入口とは別な部屋で、どうやらこの客室と繋がっているようだった。
フェリスは状況が呑み込めず落ち着かない。
この男は何者なのだろう。
屋敷と領主様はどうなったのか。
この男から何を目的にこんなに好待遇を受けているのか分からない
疑問は尽きなかった。
しかし何から訊けばいいか分からず、フェリスは男を見つめた。
服装は最初に見たときから変わっており、上半身はシャツにベスト、下にはトラウザーズ。
ラフな貴族男性、というような風情だった。
波打つ漆黒の髪は首のあたりでゆるく束ねられている。
紫の瞳で、よく見ると目の下にほくろがあり、色気を感じさせる。
顔立ちは人間とは比べ物にならないほど整っていた。
こんな美男は初めて見るほどだった。
ぼうっと男を見つめていると、視線に気づいた男は不敵な笑みを浮かべた。
「なんだ、見とれているのか? そのまま惚れてくれると都合がいいんだが」
「な、なにを! 違います! あなたが何者か分からないから見ていました!」
「何者? 君はもう知っているだろう」
何をいまさら、とでも言うように男は方眉を上げた。
「俺は吸血鬼。君の大好きで仕方ない領主様が召喚に失敗した、ね」
そうだった。
気を失う前に彼は確かにそう言っていた。
フェリスには信じがたい内容である。
フェリスの知る領主は快活で日の当たるところが似合う、吸血鬼とは正反対な存在だ。
そんな領主様が吸血鬼を頼る状況がまず想像できなかった。
だが彼があの場に居たのも事実。
フェリスの手には領主様を刺した生々しい感触が手に残っているし、なにより衣服には返り血がシミとなって残っている。
これでは夢と思うに思えなかった。
「俺は真実しか述べていないよ。まあ信じたくないならそれでもいい。俺は君がいればいいからね」
どこから取り出したのか、カップとソーサーを手に持ち吸血鬼は飲み物をすすった。
フェリスがいればいい、とはどういう事だろう。
昨日の出来事といい、現状と言い、刺激が強くてくらくらしそうだった。
「ところで君に欲しいものはあるかな」
吸血鬼は蠱惑的に言う。
フェリスは固まった。
主人の無事だとか、屋敷はどうなったのかとか、自分はこれからどうなるのかだとかをぐるぐると考えていたのに目の前の貴族のような男が吸血鬼と名乗り、その上に下手に出てきて、思考の糸が何個もダマになってもう訳が分からなくなっていた。
「宝石でも、財でも、きれいなドレスでも何でもいい。望むものなら何でも用意しよう」
吸血鬼は言葉を続ける。
誘惑するような響きが、なんだか厭らしく感じた。
その不快感が少しの冷静さをフェリスに取り戻させた。
「そ、そんな事より領主様はどうなったのですか! お屋敷も!」
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