第4話
「そんな事を知りたいなら教えてあげよう」
男が指をパチンと鳴らすと女性が現れる。
「
髪を顎のラインでバッサリと揃え、使用人服を着た怜悧な美貌の女性が現れた。
メイド服の彼女のその頭には猫のような耳がついており、視線を下ろすとピンと上向くしっぽも目に入った。
「この
「御意」
上機嫌そうな主人を見て特に表情を変えるでもなく女性は返事をし部屋を出て行った。
「そういえば名を聞いていなかったね
気障な呼び方に少し眉根を寄せながらフェリスは答えた。
「フェリス・ホーキンスです」
「ホーキンス…子爵家にそんな家があったな」
「? いえ、平民です」
「君がそういうならそうなんだろうな」
含みのある様子になんだか釈然としない気持ちでいるがフェリスは黙っておいた。
「それより、領主様は本当に助かったんですか!? お屋敷に返してください!」
「それはできない相談だ。何を条件にあの男を助けると俺は言った?」
覚えていた。
フェリスがこの男の下に行けば領主様を助けると、確かにこの男はのたまった。
沈黙を理解とみなしたらしい男は少し機嫌を上向けたように語る。
「領主は元気に過ごしているよ。屋敷の者も特に変わらず暮らしているだろう」
フェリスはやっと人心地つけたような感触がした。
「ただし」
続く言葉にフェリスは息をのむ。
「流石に傷跡は残ってしまった。しかしあれは別件で負った傷だと思っているだろう。何せ犯人の君を覚えている者はあの屋敷にはいないからね」
さらりと何でもない事のように男は言う。
しかしその言葉はフェリスにとっては重く響く。
どろりと冷たいものが喉を下っていった。
領主様を刺してしまったこと、その上傷跡が残ってしまったこと。
そして屋敷の皆に忘れ去られてしまったこと。
これでは自分を知る人間はこの世に誰も居なくなってしまったのと同じだった。
座っているのに足元が覚束ないような気がして、すり、と足を合わせる。
屋敷中の人間を騙し切っていた吸血鬼にそれを行う力は十分にあるんだろう。
この男の言葉は事実のような気がした。
それでも領主様がいつもの領主様に戻ったのだと思うと少しの安堵が冷えた心に一筋温かみをくれた。
「もう一つ、お願いをいいですか」
俯かずにはいられなかった。
上目に男を見つめながらフェリスは言う。
「一目でいいのでお屋敷の皆が元気にしているところを見たいです。お願いします、私にできることなら何でもします!」
「ほう、何でも」
上機嫌に男は片方の口角をにいと上げた。
獰猛な犬歯がちらりと見える。
「いいだろう。まずは身支度から始めるといい」
そういうと、ガチャリと扉が開いた。
先ほどの女性が荷物を抱えそこにいる。
「フェリスの身支度を。俺は隣の部屋にいる」
「御意」
言葉少なに了承した女性に一瞥もくれず、男は部屋へ戻っていった。
女性は黙々とフェリスを抱え上げ、バスルームへと連行する。
おろしたかと思えばそのままフェリスの使用人のお仕着せを脱がしにかかった。
これにはフェリスも黙っていられない。
「ちょ、ちょっと待って!」
胸元のボタンに手をかけられたのを後ずさり回避する。
しかし女性は意にも介さず前へと進み距離を詰める。
「ま、待って、」
「待たない。主人は身支度を命じられた」
「自分でやる! 手を放して!」
その言葉にピタリと女性は手を止めた。
「主人のご所望。手早く済ませるように」
さもなくば今度こそ女性が問答無用で衣服を剥ぎにかかる勢いだった。
女性にはバスルームから出てもらい、フェリスは手早く身を清める。
烏の行水もいいところの速さで上がったフェリスは、もと着ていた使用人のお仕着せが脱いだ場所にないことに気づく。
代わりに薄紫色の上等なワンピースが置かれていた。
フェリスは目を丸くして、バスルームの扉の向こうに居る女性に話しかけた。
「こんな上等なワンピースを私が着るの!?」
「主人のご所望。異議は認めない」
無機質な答えが返ってくる。
よく見るとご丁寧に下着から靴まで貴婦人が使うような新品を用意されていた。
しかし世の貴婦人はフェリスのようなカリカリの体型ではなく柔らかな肉付きをしているもの。
当然のように胸元のサイズが合わなかった。
「これじゃあ着れない……」
「……」
フェリスが呟くと無言で女性はドアをあけバスルームに入ってきた。
パチリと指を弾くと下着が自ずからフェリスの体にまとわれ、あっという間にワンピースまで着せられる。
不思議とサイズはぴったりだった。
あっけにとられている内にドレッサーまで運ばれ、あれそれと塗りこまれた後はあっという間に化粧を施されていく。
髪も香油やら何やら色々と手を入れられる。肩甲骨まで伸びていた髪は結い上げられ、そこに豪華な宝石のついたバレッタが飾られ身支度は完了した。
抗議の声を上げる間もなく見事に着飾られたフェリスは、鏡に映った自分の姿に驚愕した。
「こ、これが私……?」
ワンピースに着られているようには見えない。
陶器のような肌、柔らかに血色が宿る頬、目元にはピンク色の瞳を彩るように控えめなラメが散らされ華やかに仕上げられている。
いつもひっつめにくくっていた薄緑色の髪の毛はシニヨンに纏められ、おくれ毛は遊ばせており、パサつき一つない。
そこには上品で儚げな雰囲気を纏う令嬢が映っていた。
仕上げを済ませた女性は隣へと繋ぐ扉をノックする。
「主人。支度が済みました」
「早いな。流石だ」
男が扉から戻ってくる。
品定めする視線がフェリスをなぞった。
「上等だ。素材も悪くないが仕上げればそれなりになったな」
かなりの上から目線だが、美貌の持ち主が言うのであれば嫌味には聞こえなかった。
「ホーキンス伯爵令嬢。これから領主邸に訪問に行くぞ」
いつの間にかジャケットを纏った男が言う。
女性に立たされ、男に手を引かれフェリスは歩を進めた。
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