22.いつかどこかで聞いたセリフを思い出した。

 ――後はお前の好きにしろ。


 そう灯莉は確かに言った。言ったのだが、今彼はそれを猛烈に後悔している。

 それは何故か? ――端的に言おう、丁寧過ぎるし何より長い。あと、上達が恐ろしいほど早い。以上だ。


「だから! もう、良いって」


 先ほどから何度も言っている。

 しかし真面目な顔で灯莉の身体を見ている透麻のOKサインは一向に出ない。


「待ってください、まだ痛いかも知れません」

「良いって言ってるだろ!」


 強い口調で灯莉に再度言われて透麻は小さく息を吐いた。



「分かりました。――ちょっとだけ待っててください」


 はあ、ととても悲し気に溜息を吐いた後そう言った透麻に灯莉は軽い感じで返す。


「おいちゃんと『やり直す』んだからちゃんと噛まなきゃ意味が無いぞ」

「――でも! 嬉しいけれど、やっぱりいきなりそんなちゃんとした準備も無くそれは駄目です!」


 真面目な顔で抗議して来た透麻を見て、灯莉は笑った。

 コイツ意外と真面目だな。

 そして灯莉のことをちゃんと考えている。三十路を超えた男Ωの妊娠率の低さを知らない筈が無いのにきちんと灯莉の身体を尊重しようとしている。

 二人の間のフェロモンは最初よりかなり濃くなっていて、普通に会話をしているようでいてどちらももう余裕はないのだ。



「ちゃんと薬飲んで来たから安心しろ。大丈夫だ、何も怖くない」



 ぽすっとベッドに背中を預けて自分を見ながらそう明るく言った灯莉を見て、透麻の喉が一つ大きくごくんと鳴った。

 そのままふらふらとベッドの上に戻って来て、最初と同じような位置関係で灯莉を見下ろす。


「本当に、本当に良いですか? 俺――あの時と『同じこと』しますよ?」


 そっと触れて来た指先はやはり微かに震えていたから、灯莉はそれをぎゅうっと握って腕を引いて頭を抱える様にして抱き締めて撫でてやった後でわざと明るい声で言った。


「良いか? ちゃんと噛むんだぞ?」

「……はい、分かっています」


 ぐす、と微かに鼻を啜った透麻の顔を見ないように灯莉は自然な動作で自分から身体を動かして枕をぎゅっと抱き締めてその時を待つ。


「灯莉さん」

「どうした?」


 大きな手が灯莉の腰をガッシリと捕まえて、普通の顔をして話しながらも番を求めていた身体がふるりと震えた。




 ――愛しています。




 そう涙声で言った男としっかり触れ合った時、灯莉は何故か「自分の心臓が戻って来た」といういつかどこかで聞いたセリフを思い出した。

 そして十五年前のあの時数日間に渡って痛んだはずの首は、あの頃よりずっと深く噛まれたのに不思議とちっとも痛まなかった。



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