第9話 カナコ②(完)

 本当に少女は、この世界の人間ではなかったのだろうか?

 少女がこの世界にいた証のように、腕時計は消えずに残っている。長い時間の経過を語るように、金属腐食が出てガラスも傷ついている。だが、自動巻きの針は現在の時刻を静かに刻んでいる。

 もしかすると、俺はこの時計を廃墟で拾ったのに過ぎないのかもしれない。

 そして、少女の姿は、腕時計が見せてくれた一時の幻影だった。そうとも考えられる。

 或いは、俺は廃墟の中で別次元の世界に紛れ込んだのかもしれなかった。

 俺と少女は異なる時間が交差した地点で出会った・・


 少女、カナコとの出会いは、俺に対する何かのメッセージなのだろうか?

 何かを伝えるため、緩慢な日々を送っていた俺の前に現れたのだろうか。

 様々な考えが頭を過ったが、唯一確かなことは、カナコという少女は、この世にはいないということだ。

 だが、俺は・・

 坂道を下る途中、俺はヘルマン邸の尖塔を見上げた。そして、

「カナコ・・次の夏、また来るよ」と約束した。

 今度会う時には、ちゃんと仕事にもついて、成功の報告をするよ。

 俺は、カナコに語りかけながら、それまでヘルマン邸が解体されずにいることを祈った。


                                (了)

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廃虚の美少女(短編) 小原ききょう @oharakikyo

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