第7話 風景の向こう側

◆風景の向こう側


 暑さが少し和らいだ。もうすぐ日が沈むのだろう。

 少女の姿に夕刻の優しい日差しが当たって、その表情も最初会った時の刺々しさが取れ、穏やかに見える。

 少女は空を見上げ、次に腕の時計を見て、

「もうすぐお別れの時間ね」と言った。

 お別れの時間? 判断がつきかねた。

 見ている夢が覚めるのか、それとも、少女が家に帰るのか? だとしたら、少女は何処に帰るというのか?


 すると、少女は腕時計に触れ、

「この時計、おじさんにあげるわ」と静かに言った。

「形見の時計を?」

「おじさん、時計をしていないようだから」

 腕時計は使わなくなった。携帯を持っているせいもあるし、今は時間に拘束されない生活をしている。

「どうして、俺に」

 君の叔父に似ているからか? そんな理由くらいしか、思いつかない。だが、叔父さんの遺品のような大事なものを・・

「それは、君のものだよ。人にあげちゃいけない」俺は強く制した。すると、

「私、遠くに行くのよ。もう時計も要らない所よ」

 少女は、そこでは時計がもう必要ではない、と言った。

「遠くへ?」

「だから、ね・・」少女はそう言って、時計を腕から外した。

 そして、歩み寄り、俺の腕をとった。少女の手が俺の腕に触れた。

 カチッと軽い金属音がした。

「ぴったりだわ」少女は満足げに言った。確かに俺の腕に合った。少女はサイズの合わない時計をしていたのだ。


 こんな時、どう言えばいいのか・・

 初めて出会った少女に、その叔父の形見の腕時計をもらう・・そんな想像もしていない事態に言葉が思い浮かばなかった。

 とりあえず何か言おうと、改めて少女を見た瞬間、

 俺は「あっ」と声を上げそうになった。

「おじさん、サヨナラ・・」

 そう言って少女は微笑を浮かべた。だが、その姿の向こうの風景が見えていた。

 少女の体が透けていたのだ。

「サヨナラ」そう言い残し消え去った少女の笑顔は、なぜか悲しく見えた。


 気がつくと、俺は中庭の中に一人きりになっていた。

 ああ、やはり、これは夢だったんだな。

 だが、夢なら、もっと彼女を話していたかったし、少女が大人になった姿も見てみたかった。


 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 俺は、まだ中庭のベンチに座っていた。あれは白昼夢だったのだろうか?

 少女は消えたのだから、やはり、あれは夢だったのだろう。

 そう思った瞬間、俺は、腕に違和感を覚えた。

 腕時計だ。

 若干、錆が浮き出ているが、紳士物の大きな軍用の腕時計がしっかりと腕に巻かれてある。

 あれは夢ではなかったのか。

 廃墟の中を探し歩いたが、どこにも彼女の姿は無かった。


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