第6話 腕時計

◆腕時計


 少女を見ていると、容姿から服装まで完璧だが、一つだけ不似合いなものがあった。

 それは少女の腕時計だ。おそらく紳士ものだろう。軍用の時計かもしれない。いずれにしろ少女の手には大きすぎる。それにベルトのサイズが合っていないようだ。

 俺が時計を見ているのを気にしたのか、時計に触れ、

「これ・・大きい?」と俺に意見を求めた。俺が応えないでいると、

「この時計、私の叔父からの頂き物なの」と説明して、「ベルトのサイズが大きいの」と笑った。

「君の叔父さん?」

 俺が訊ねると「ええ、素敵な私の叔父さんよ。仕事が出来て、出世も早かったわ」と自慢げに言った。

 少女が微笑んだのは、ほんの数秒だけだった。すぐに暗い顔になり、その叔父が重い病気で他界したと言った。

 そして、

「私の叔父は、いつもお仕事で悩んでいたわ。けれど、立ち直りも早くて、すぐに新たな事業に取り組んだりしたの。私はお仕事のことはよく分からないけれど、素敵だな、って思ったわ」

 少女は明るい顔を取り戻したかのように見えたが、また憂鬱な顔となり、「この時計は、叔父さんが病床にいる時、『もう不要だから、君にあげる』・・そう言っておじさんは時計を腕から外したの」と回想するように言った。

「叔父は、あなたに顔が少し似ているの・・それで、声をかけたのかもしれないわね」

 少女は俺の顔を見つめながら言った。顔を反らすことのできない真っ直ぐな瞳だった。

 俺は・・なぜか、恥ずかしくなった。

 少女の叔父の話、そして、少女の真摯な瞳。


 少女は自分のことも語った。

 礼儀作法を厳しく教えられていること。多くの本を読んでいること。犬を飼っているが、習い事が多くて、犬と散歩する時間がとれないことを夢中で語った。

 そして、幼い頃から、歌やピアノを習っていることを話すと、今度、大勢の前でピアノの演奏を披露しなければならない、と少し照れるように言った。その表情が可愛かった。

 俺には、姪っ子も娘もいないが、仮にいたとしたら、少女と同じような年頃だったのだろうか、と想像を巡らせた。


 一通り話し終えると、

「それで、おじさんは、どうしてこんなところにいるの?」

 少女は元の質問に戻った。俺は「さっき言っただろ」と言って、

「子供の頃、ここで遊んでいたんだよ」と再度言った。

 すると、少女は、「家に招待されて来たのかしら?」と不思議そうに言った。

「招待?」

 この家に招待・・あり得ない。ここはずっと廃墟だ。

 そう思っていると、少女は続けてこう言った。

「ここ、私の家なのだけど・・」

「君の家?」

 信じられないが、信じられないことを可能にするのは唯一、夢の中なのかもしれない。

 これは、白昼夢の続きだろう。俺はまだ夢の中にいるのだ。

 俺はそう思うことにした。だったら、それを楽しんだ方がいい。


「ここが君の家・・って」俺は辺りを見渡しながら、「ここは廃墟だぜ」と言おうとしたが、少女の言葉に遮られた。

「おじさんにはそう見えるのね」

そして、少女は自嘲するような表情で、何かを言おうとしたが、口調を変え、

「もっとお話をしていたいのだけど、レディのおしゃべりはよくない、ってお母さまから言われているの」と言った。


 少女はまさしく御令嬢なのだろう。

 聡明そうな思考。上品な物腰、軽快な口調。彼女が大人になればどんな素敵な女性になることだろう。

 この先、彼女と会うことは、もうないだろうが、少女がどんな風に成長していくのか知りたくなった。

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